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2018年より死神改め、死神紫郎(読み:しにがみ しろう)に改名。ギター弾き歌手。

「のんべえ」に対する生理的嫌悪

2010-07-18 00:00:00 | 声明文


私は酒飲み「のんべえ」が嫌いだ。
酒が一番の楽しみと豪語するタイプ。

その堕落した思考と、
その現実からの逃避に吐き気がする。
最近、「生理的嫌悪」の次元にまで到達している。

老若男女問わず、
酒の力に頼ってばかりのつまらない、
からっぽの人間を全力で拒否している。

酒以外に熱中できる何かがない。
薬といっしょ。
廃人だよ、廃人。

(私は一生、
自分の趣味で「この活動で」忙しくしていたい。
燃え盛っていたい。
正確には好きで熱中しているのであり、
忙しくはない。)

だがもちろん、面白い人、
面白そうな人には喜んで時間を割く。
誘いにも乗る。

中身のグッと詰まった面白い人と会う、話す。
こういう時間は大切にしている。
私は楽しいことが好きだからだ。
(好奇心をくすぐるものがあれば、
飛びつくようにしている。
はずれも多々あるが。)

だが、のんべえや堕落した人種に構っていることは、
いかに世話になった、
世話になっている人間でも仲間でも、
明らかに「人生の無駄」なので、
ボランティア精神の一切を捨て、
誘いに乗ることも構うことも、
もう完全にやめることにした。

つまらなすぎる。
苦痛でしかない。

(ものは試しというが、
一度、試しに語り合ったとしても、
まるで駄目じゃんこのオッサン、
というケースばかりだったので、
「のんべえ」はもはや信用できない。
むしろ、どうその言動を信用して良いのかわからない。)

私は常に建設的でいたいのだ。

いかにその人間が私に興味を持っていたとしても、
私はその人間に興味がないのだから、
これはもうどうしようもない。

人には好き嫌い、合う合わないがある。
どうしようもない。

酒を飲み、
からっぽのつまらない会話のやり取り、
酔っ払って醜態さらし、
言い訳は酔っ払ってたから。

また何とか上からものを言いたいがために、
細々欠点に探しに奔走する年寄りなどは大変見苦しい。
(そういう人種に限って、
人生哲学が何一つ無いため、
私の考え、行動を何も覆せない。)


私は過去に何度もこの声明文で、
「のんべえ」が大嫌いということを書いてきた気がする。

が、今がその嫌悪がまさにピークなのだ。

私の周りには優れた表現者が多くおり、
そのほとんどの人々が「酒好き」だが、
常に冷静な「対話」が可能で、
サシでも複数人でも決して酒に飲まれることがない。
これは大変に愉快、嬉しいことだ。
有り難い。
感謝、感激。

今後とも宜しく願い賜いたい。

そして、「無趣味ののんべえ」は、
私に近づかないで頂きたい。

大事な大事な「私生活」の邪魔。
たとえ、他でどんな恩があろうとも、
「私生活」は「私生活」
これは「生き死に」の話だ。

世に大量に生息する「つまらない人種」と、
ごまかしの人生、
傷の舐めあいでもしていたらいい。

そのほうがラクでしょ、きっと。
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