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TANAKAHAN日々思った事を綴ってみたりして

ビジネス書ビジネス

2010-08-31 23:27:10 | Weblog
仕事休み。タオカフェ→習い事→書店巡り→ドトールで読書。休日の日課もある程度定着してきたがまだ隙間は多い。休日の考え方をもっと見直さなければならないかも。最近ビジネス書がブームのようだ。先行き不透明な世の中を乗り越える手段を自己啓発に求める人が増えたらしい。だが活字の全てがためになるとも限らない。昔はまともなことを書いていたのに、地位や名声・金銭欲を意識し始めたのかどれも似たような内容の薄っぺらな本を書くようになった人が結構いる。満たされ始めたのだろう。それと「○○力」という本も氾濫している。1時間ほどで読み終えそうな単純な内容だが理解しやすい本は思考が不要だから得るものが少ない。考えて理解することで価値が生まれ、繰り返すからこそ力になるのに。何だか不景気に乗じたビジネス書ビジネスが跋扈している。
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言葉の力

2010-08-30 23:08:51 | Weblog
仕事が早く終わったからといってその後の時間が有効に過ぎていくとは限らない。いつもよりも少し長めの残業を終えて帰宅をして、タオカフェのマスターへの届け物があったので植木に向かう。マスター不在だったのでスタッフに伝言して帰宅。各種Nikonレンズで撮影した写真を投稿するサイトを発見したので暫く眺めてた。レンズでこんなにも色合いが変わるのかと正直実感した。高価なレンズには理由があるが、自分の美意識が伴わなければその性能も生かせない。美意識を磨きたい。風景だけでなく、言葉にも美しさを感じることがある。役者経験があるせいか、言葉の持つ力には少し敏感である。良い役者は言葉に力がある。声が通るとかと少し違う。言葉に説得力がある。普通の会話においては説得には理由が必要だが、理由など述べなくても納得してしまうのは、言葉に対する理解の深さだと思う。美意識の有り方もそれに通じる気がするのだ。
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今でも青臭い

2010-08-29 23:58:40 | Weblog
ある芝居について若い後輩と少し電話で話をした。芝居を語る時の自分は学生時代とあまりパッションが変わらない。話を終えて、ここ数年会ってない人の動向が少し気になった。学生時代の友人や劇団の先輩後輩、親戚など。一緒に遊んだり活動したり語り合った人は今もどこかで元気にやっていると思うが、当時の常識では想像できなかったこの劇的な変化をどう捉えているのだろう。現在進行形のことはまだハッキリ見えないが、十数年前を思い返せば、僕の思い込みと世界の真相に随分と温度差があった。旧知の人たちは当時と今の温度差を受け入れているのか、或いは拒絶しているのか、或いは無頓着なのか、直接訊いてみたくなった。学生時代に「全ての常識を一度疑ってみろ」が口癖の先輩がいた。その先輩なりに常識を疑った結果、どれほどの真実を垣間見たのか分からないが、今の僕にとっても「常識」は疑うだけの価値がある。その結果見えてきた真実もあれば、まだ見えない真実もある。常識を疑う第一歩は、世間にとっての「常識」が何かを認知することだと思う。そして次に「常識」とは何者かによって作り出された幻想だったと気付くのだろう。
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濃厚でした

2010-08-28 23:16:05 | Weblog
昨日からの体調不良は治まった。今朝は涼しかったが昼過ぎからの外は熱過ぎ。「地球温暖化」というレベルではない、「地球熱帯化」と言い換えるべきだ。人為的な作用でこれほど熱くなるとは思えない。いつもより早めに仕事を終え古本屋に行く。普段行かない本屋に行くと新しい出会いがある。3冊で2,600円。古本としては高いが、僕の探究心が満たされると思えば安い。その後、井上ゴムユニット公演『のたまう』を観に行く。観劇は久しぶりだ。20時開演は社会人には嬉しい。彼の芝居に対する姿勢には共感できる部分がある。だけど方向性は僕と違うと思う。アーチスト性とリアリティにこだわりを感じたが、僕は自らを「表現者」と定義しても、アーチストを名乗ることは求めていないし、リアリティについても、僕はリアリティに内在する欺瞞を見抜くことで本領を発揮する。ちなみにサブカルについて言えば、熊本の演劇事情そのものだと思う。ゴム氏の「女子力」はなかなか鋭い感性を発揮していたと思う。あの濃厚なキスシーンには女子力の空気を感じた。
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滞留

2010-08-27 23:05:55 | Weblog
今日一日、尋常ではない眠気と闘う。確かに多少寝不足だったのだが、それにしても普通の眠さではない。無理矢理カラダを動かすが、眠気が抜けない。内臓がかなり弱っている感じがする。基本的に丈夫な方だが内臓だけは鍛錬が足りていない。近頃、家に保管している食料が悉く悪くなる。昨日の牛乳が一晩で発酵するってどういうことだ。気候のせいだと思うが、体調不良の原因はこの食べ物ではないかと勘ぐっている。今の部屋の状況を風水的に捉えれば最悪の状態だろう。時期を見て一掃するか。
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振りっ放し

2010-08-26 23:54:51 | Weblog
店舗での仕事を終えての帰宅途中、シネコンが目に留まったので映画を観ることにした。『ソルト』も気になったが、大画面向きの『インセプション』を観た。迫力ある映像は評判通りだった。展開が複雑そうだったので、途中で置いていかれると思ってたが、意外と分かり易かった。(以下、途中ネタバレあり)二層三層と続く夢と現実の区別を時間幅で表現する手法は面白かった。でも「死ねば夢から覚める」って着想には「輪廻転生」と通じるものがあって僕は抵抗があった。輪廻転生の思想には、現世を否定的に捉え始めると来世に期待するあまり死を選ぶ可能性があり、思想的に危険な側面がある。どんな矛盾や非科学的な光景を目にしても、「それも現実だ」と割り切らないと、人生をムダにするかもしれない。夢と現実、どちらかを否定する必要もなく、この世界に疑念を抱かない方がきっと真実には近づける。・・・今綴ったことが、主人公の苦悩の原因として物語のコアになっている点も見所ではあった。とにかくいろいろ想像が膨らんで面白かったけど、明かされない謎も多く、結末には不満が残った。何であんな終わり方になったのかな。アメリカ人好みな結末だと思ったけど、僕は違う結末を期待してた。やっぱアカデミー賞でも狙ってるのか・・・。これは、続編を作って貰わないと僕は納得できないな。
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ここでも想像力

2010-08-25 23:31:41 | Weblog
会議の合間に実務をしている感覚で一日が過ぎた。「会議なんかしている暇があれば仕事しようよ」って以前は思ってたけど、こうやって不景気になればなるほど会議が増えるのも仕方ないように思えてきた。「このままじゃいけない」って心理が働くからだろうな。リストラで人手を減らす→生産性が下がる→収益が落ちる→さらに人手を減らす・・・という悪循環に近いものがある。特に知恵を絞らない会議はホント時間のムダになる。机上の空論にならないように僕も頑張らんと。だけど自分が仕切る会議は勉強になる。会議にも想像力が必要だなあ。
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笑い話

2010-08-24 23:40:07 | Weblog
仕事休み。大した用事はなかったが小さな所用が重なり、一日は早く過ぎた。趣味と仕事の間に位置するライフワークを最近模索している。ライフワークは自分の存在意義を端的に表す象徴なので欠かせない。その内容は多少なりとも使命感を帯びたものでありたいが、まだ答えが出てこない。夕方にタオカフェに行き、夜は習い事に行く。その後、蔦谷書店で『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(広瀬隆著)を買って読む。広瀬隆さんは信頼する作家の一人。基本的に一人の作家の意見だけを鵜呑みにはしないが、自分の推論を確認したい時にこの方の本を読むことがある。CO2による地球温暖化説が謳われて久しいが、世界基準では最早時代遅れの認識で、利権の獲得を目論むIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のプロパガンダとする見方が有力だ。原発がクリーンエネルギーだとする喧伝は電力会社との結託がミエミエだが、原発によって海水の温度が上昇し続けている事実は全く伝えられていない。電力会社の主張には矛盾が多く、原発の安全性から電力不足に至るまで嘘だらけ。原発の電力供給は一定に保たなければならないが、日中の電力消費量に合わせると夜間は電力過剰となり、膨大な熱放出で海水の温度上昇が助長されるため、夜間の電力消費量に設定しているだけの話らしい。そもそも電気代で儲けたいはずの電力会社が節電を訴えるなんて笑える。
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手段なら楽になる

2010-08-23 23:14:04 | Weblog
仕事を終えて久しぶりにダーツをする。精神状態がそのまま結果に出る。実力って安定感だと思う。アタマで分かっててもカラダがなかなか分かってくれない。安定感を得るためには筋力が必要で、それはアタマもカラダも同じだと思う。若い頃は筋力を意識しつつも、生活は不健康だった。歳を取ると逆で、健康は意識するが、筋力の維持が疎かになる。筋力が衰えるのは歳だけのせいじゃないと思う。学生時分は運動する環境に身を置き、否応なく鍛えられる環境だったのだ。持病があればともかく、基本的に健康は何を体内に摂取するかで決まるので、努力はあまり要らない。でも筋力の維持は、積極的な行為が必要なのだ。ちょっと努力が要る。でもやっぱり目的がないと意識は高まらない。今まではそれが芝居だったんだな。芝居やってる時はこれを努力だと思うことがなかった。やっぱり自分には不可欠だろうか・・・。悩む。
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満足感の変化

2010-08-22 23:23:38 | Weblog
仕事休み。近頃は自分の娯楽や息抜きのために費やす労力がもったいない気がして、用事がなければ外出すらしなくなった。だけどただ部屋に篭るのも別の意味でもったいない。仕事とは別で、自分の能力を活かし人の役に立つライフワークを探そうかと考え始めている。僕のライフワークは芝居のはずだった。しかし近頃はあまり乗り気ではない。芝居を作って満足しているのは作る人ばかりに思えてきて、観客が求めているモノを表現できているのか、そして2,000円も取って見せる価値があるモノなのか分からなくなった。本当に熊本の演劇が盛り上がっていれば「こんな芝居が見たい」って観客から言われそうなのに、そういう声は聞こえない。観客の要求に応えられず、自分の表現欲ばかりを満たそうとしても虚しいだけだ。相手の立場でモノを考えることが良い役者の条件であるならば、僕も観客の立場でモノを考えられる人間でありたいと思う。
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創作の源泉

2010-08-21 23:15:07 | Weblog
仕事休み。久しぶりに煙草を吸う夢を見た。しかも先端に白い粉をつけて吸ってた。脳がドーパミンの分泌を欲しているのだろうか。昨日「黄金糖」を食べたのを思い出した。数ヶ月前、職場の先輩が取引先から貰った黄金糖を分けて貰った。「これ意外と嵌るんだ。白い粉でも入ってるんじゃないか」と言っていた。たぶん入ってないと思うが(笑)、それから時々口にするようになった。今日も一粒口に含み、ドーパミンが分泌された錯覚を味わいながら本を3冊読み、そして日本人の起源を少し考えた。「世の中には2種類の人間がいる」という言い回しがある。一つ思い当たったのは「モノを作る人種」と「モノを作れない人種」がいること。東洋にも西洋にもそれぞれの人種が存在するのは何だか不思議な気もする。アジアの中の日本は比較的モノ作りに長けた民族だと感じるが、日本人にもそれぞれいるから民族性だけの問題なのか分からない。有形もあれば無形もある。芸術品か工業製品かの違いもある。モノ作りの源泉って何だろう?作れるかどうかではなく作るかどうかが問題か。アイデアを口にするのは容易いが、カタチにする実行力があるかってことか。
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皮肉な結果

2010-08-20 23:06:10 | Weblog
右翼活動家の伊藤白水に刺殺された、石井紘基元衆議院議員の足跡を追うドキュメンタリーを見た。中央大学在学中は学生運動に没頭。卒業後社会党に入党し、冷戦真っ只中のモスクワに留学する。社会主義に嵌ったことで皮肉にもその限界を知る結果となり、その後のソ連の崩壊に日本の未来を予感する。帰国後、日本の脆弱性を指摘する活動をフィールドワークとした。石井議員が見た日本の実像は、資本主義の仮面を被る「官僚制社会主義国家」と定義する。利権に取り憑かれ悪事を働く人もいれば、国の将来を憂い奔走する人もいる。同じ人間でなぜこうも性分が違うのか。形見代わりに残された膨大な資料を前に、道半ばに倒れた父の意志を成し遂げようと奮闘する娘ターニャさんに共感した。日本の実体を的確に掴んだ稀有の政治家。今の政権は減税や補助金交付、高速道路無料化などを盛んに進めているが、就業人口が減り続ける今日、それほど多くの財源も見込めない。その目指す先は何だか社会主義国家のように思える。皮肉にもそれを推進する与党が石井議員の所属した政党である。
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傍観

2010-08-19 23:28:11 | Weblog
野球観戦にはあまり興味がないのだが、今年の高校野球は社内でも大いに盛り上がっていたようだ。九州学院のOBが意外と多いのである。九学が試合を始めると待合室のTVに様子を見に行く社員がいたり、携帯ワンセグでチェックしている。中には「自分が見るといつも(応援するチームが)負ける」と言って見ない人がいたり、晩飯を賭けて相手チームを敢えて応援し、どっちに転んでも「ウハウハ」な選択肢を用意する者もいて、社内の様々な人間模様を見た。熊本は出身高校の結束がやたらと強い上に野球好きも多い。この猛暑も手伝って、社内は異様な熱気に包まれていた。それにしても、これだけ多くの学生が応援で長期間滞在するとなれば、随分と出費もかさむだろうなあ。勝ち進むほど親泣かせだな・・・。
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水不足

2010-08-18 23:36:28 | Weblog
店舗での会議に出るため昼過ぎに外出する。事務所から外に出たときの暑さを一言で表現すると「全身にドライヤーの熱を浴び続けている気分」。実際に全身にドライヤーを浴び続けていれば体内の水分なんてすぐに蒸発しちまう。そりゃあ熱中症にもなりますわ。ところで塩分を含む水がなぜ人体に必要なのか。調べれば済むがまずは考えてみよう。人体は基本的に塩分を含んでいて体内に馴染みやすいから。でも馴染みやすいからどうだというのだ?脱水したら結局同じじゃないか。きっと別の理由がある。それは・・・塩分を含んだ水は蒸発しにくいから?それでカラダの水分が維持されて脱水症状を緩和するのだろうか。そうだそうに違いない。近頃の昼下がりは眠気と気だるさが併発してどうにも耐えられない。これも暑さで水分が不足しているせいなのだろうか。とにかく水分補給をマメにしよう。夜、実家に妹と姪っ子甥っ子が帰って来たのでアイスを買って帰る。最近アイスが美味い。
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視野を問う

2010-08-17 23:15:46 | Weblog
仕事休み。夕方から習い事に行き、帰りに蔦谷書店に立ち寄る。『昭和史1926-1945』(半藤一利著)を買う。単行本を探したが文庫版でも出版されていたのでこちらを購入した。昭和史を勉強するのに十分な情報が詰め込まれていたが、真実が綴られているかどうかについては検証の余地がある。昔から文藝春秋出身の作家には陸軍悪玉論の支持者が多い。半藤さんはさらにそこから踏み込み、陸軍だけでなく海軍まで言及し、開戦を望む海軍の多数派に結局押し切られたと綴る。しかし僕の見方と反するのだ。日本が戦争に引き擦り込まれたのは、連合国による「お膳立て」があったためだと僕は考えている。『世界最終戦争論』を唱えた陸軍中尉の石原莞爾は満州の権益だけを守ることに固執していた。当時日本に最も近い脅威ある大国はソ連であり、石原莞爾はソ連との攻防も想定していたのだと思う。また、日本が日英同盟を破棄した理由は何だったのか。この破棄がなければ米国との開戦も、三国同盟という選択もなかったかもしれない。陸海軍の独断で戦争に突き進んだという見方しかされていなかったが、その独断もまた仕組まれた可能性が否めない。あらゆる角度から可能性を探るべきではないか。歴史を語る作家にしては視野が狭い気がした。
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