晴れ、ときどき映画三昧

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「近松物語」(54・日) 85点

2015-06-28 17:39:16 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

 ・ 円熟期・溝口健二監督の最高傑作!

                   

 溝口健二の最盛期は、ヴェネツィア映画祭で「西鶴一代女」(52)、「雨月物語」(53)、「山椒大夫」(54)と3年連続受賞作品で世界中の注目を浴びた時期だろう。

 その絶頂期に本作は作られ、先の3作と比較しても決して見劣りしていない。

 朝廷の御用を務め暦発行の権利を持つ大経師の主人である以春(進藤英太郎)は、吝嗇で女狂いの裏面があり、30も年下の妻・おさん(香川京子)がありながら女中・お玉(南田洋子)にご執心。

 おさんは実家に金の無心をされ依春に頼むが無下に断られ、手代の茂兵衛(長谷川一夫)に思わず愚痴を言う。

 律儀な茂兵衛は、お家さんの難儀に思わず主人の印鑑で金を借用しようとするが、依春に見咎められてしまう。

 茂兵衛に片想いのお玉の仲介で難を逃れるが、度重なる偶然からおさんと茂兵衛が不義密通の疑いを掛けられ、二人の逃避行が始まる・・・。

 近松門左衛門の「大経師昔暦」をもとに川口松太郎が戯曲化した通称<おさん茂兵衛>。そもそも江戸時代・京で実際にあった事件を、井原西鶴が「好色五人女」のひとつとして<おさんと茂右衛門>の物語として描いたのが最初である。

 事件の三十三回忌に近松が<運命に翻弄された不幸な二人>として描いたのが「大経師昔暦」である。 川口の戯曲をそのまま映像化するのを嫌った溝口が、井原西鶴の「好色五人女」での<互いに愛し合う二人>を取り入れ、情緒溢れる悲恋物語にするよう依田義賢に脚本を託している。

 格調高い様式美に拘る溝口だが、リアリストでもある彼は、スター俳優である長谷川一夫の起用を嫌っていたが社命で渋々引き受けたという。

 大スター長谷川は上方女形の流れを汲む当代きっての2枚目で持論は崩さない。衣装から揉め前途多難だったが、結果は2人の長所が上手く絡み合い傑作となり、長谷川唯一の芸術作品ともなった。

 当時23歳のおさん役・香川京子が美しい。単なる奉公人だと思っていた茂兵衛との逃避行のなかで真実の愛を知り、すべてをなげうって磔の刑場へ運ばれるまで、愛に生きる女を見事に演じている。

 名手宮川一夫のカメラが、まるで一幅の絵のように幻想的に撮った琵琶湖での小舟のシーンは、映画史に残る名場面だ。

 この時代の不条理な世界を描くことによって2人の悲恋がさらに際立っている。主人・依春は不義密通によりお家が取り潰しになることに戦々恐々。進藤の憎々しげな敵役でありながらどこか哀れを誘う役柄ははまり役だ。手代の助右ヱ門(小沢栄)は悪知恵を働かせ手のひらを反すし、おさんの兄・岐阜屋道喜(田中春男)は放蕩三昧の挙句妹に金の無心をし、挙句の果てに2人を密告する始末。

 おさんの母・おこうを演じた浪速千栄子が、2人を不憫に思いながら我が身を守りたいというリアルな母親の心理を巧みに表現していて、ここでも名脇役ぶりを発揮。
 
 もっとも憐れだったのは茂兵衛の父・源兵衛(菅井一郎)で、村の掟と息子への愛の板挟みは同情を誘う。

 早坂文雄の和楽器の音楽を背景にお馴染みの面々が繰り広げる人間模様は、もう一つの見どころだ。

 不義密通は最も重い犯罪。市中引き廻しの上磔獄門、さらにお家取り潰しの時代に真実の愛を全うするのは、多大な犠牲を伴う一大スキャンダルの時代だった。

 入りの鮮やかな手口で登場人物や展開を想定しながら、歌舞伎や浄瑠璃などで語り続けられた名作を、格調高い映像で残してくれた溝口に改めて感嘆するほかない。

 この年は本作と「山椒大夫」の溝口作品以外に「七人の侍」(黒澤明)、「二十四の瞳」(木下恵介)、「宮本武蔵」(稲垣浩)、「ゴジラ」(本多猪四郎)が作られた日本映画黄金期でもあった。

 その後溝口は「楊貴妃」「新平家物語」と企画ものに携わり、「赤線地帯」(56)が遺作となった。享年58歳、あまりにも早い終焉であったが中身の濃い映画人生でもあった。