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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 96

2020年07月29日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「諸君! 待ってくれ、諸君!」
 タロウの額から汗が流れている。タロウは音量を上げたようで、スピーカーから流れる声は割れていた。その不快さに一部の者は両耳を手で塞いでいる。テルキもマイクを持っていない左手の人差し指を左耳に突っ込んだ。
「ボクはリーダーにふさわしいんだ!」タロウは叫ぶ。「そう言われたんだ!」
「ほう……」テルキが小馬鹿にしたように言った。それから皆の方に再度振り返った。「おい、聞いたか、皆の衆! タロウはリーダーにふさわしいって言われたそうだぞ……って、誰に言われたんだ?」
「え……」
 タロウは叫ぶ顔のままで固まった。言葉は出ない。周囲から「誰が言ったんだよ?」「はっきりさせろ!」などの声が上がる。
「おい、タロウ。それも本当の話なのか?」テルキは相変わらず小馬鹿にしたように口振りだ。「実は、お前の妄想なんじゃないのかぁ?」
 テルキのおどけた言い方に皆が笑い出した。スクリーンのタロウのこめかみに、きりきりと太い血管が浮き上がった。
「妄想じゃない!」
「じゃ、嘘か?」
「嘘じゃない!」
「あ、分かったぞ! 自分で自分に言ったんだな?」
 皆の笑いがさらに大きくなった。
「……ねえ、ちょっとやり過ぎじゃない?」ナナがタケルに言う。「タロウって人、なんだか気の毒になって来たわ……」
「そうだね……」タケルもうなずく。「でもさ、あれだけ言われて笑われる人物なんだから、よっぽど嫌われているんだな。タイムパトロールの長官並みだ……」
「諸君!」タロウが笑っている全員に呼びかける。大きな声を出し過ぎて、声が嗄れ始めている。「ボクは、この『ブラックタイマー』を今の大きな組織にしたんだぞ! 諸君たちが困らないように細かいルールも作ったんだ! アツコだってコーイチだってボクを頼りにしていたんだぞ! そんなボクがリーダーになるのに、何の文句があるんだ!」
「あのなぁ、タロウ……」テルキがスクリーンに向かってため息をつく。「誰も文句なんかないさ。だがな、みんながイヤだって言っているだけなのさ」
 賛同の歓声が上がった。スクリーンのタロウは信じられないと言った表情で、口をぱくぱくさせた。
「ふ、ふざけないでもらおうか!」タロウがやっとの事でそう言った。「……そうだ、挙手だ! まだ確認をしていなかったじゃないか! 諸君! 改めて決議を取りたい!」
「やめておけよ、惨めになるぜぇ……」テルキは意地悪そうな表情で言う。「それよりも、オレの質問に答えていないぞ。アツコとコーイチの事を教えた手紙は誰が差出人だったんだ? そして、誰がお宅をリーダーにふさわしいって言ったんだ?」
 周囲から「そうだ、そうだ!」「はっきりさせろ!」「やっぱり妄想なんじゃないの?」との声が上がった。いつの間にかそれらは「言え! 言え!」とのシュプレヒコールに変わって行った。
「諸君! そこまで言うのなら、教えよう! ボクは公明正大だ! 隠すことなんか何も無いんだからな!」タロウの目が血走っている。唇の端に泡が浮かんでいる。「全てを教えてくれたのはだな ……諸君、聞いて驚きたまえ…… タイムパトロールの支持者だよ! アツコとコーイチが我々を欺いていたことも、ボクがリーダーにふさわしいと言ってくれたのも! どうだ、驚いただろう!」
 タロウはどうだと言わんばかりに顎を逸らせて得意そうだ。しかし、誰も声を発さなかった。誰も動かなかった。沈黙が支配した。
「タロウ……」テルキが言い聞かせるように話し始めた。「それは本当なのか?」
「そうさ!」タロウは答えてから、自分の言った言葉にはっとなった。「……いや、その……」
「お宅は、宿敵のタイムパトロールと繋がっていたのか?」テルキはゆっくりと言う。「アツコと同じように、タイムパトロールの支持者と繋がったのか?」
「いや、そんなつもりは……」タロウはしどろもどろになった。いつもの理路整然さ自信満々さが見られない。「……アツコがあまりにコーイチ、コーイチしてたから、ボクはつまらなくなって…… そんな時にタイムパトロールの支持者って者から話しかけられて…… それで……」
「理由はどうあれ、お宅はタイムパトロールの支持者ってのと繋がりを持った。そうなったら、アツコみたいに言い成りなっちまうんじゃないか?」
「そうはならない! ボクは頭が良いんだ! ボク独自で考えて活動して行くつもりだ! その支持者には口出しはさせない!」
「でも、お宅はタイムパトロールと繋がった。宿敵のタイムパトロールとな。って事は、オレたちが捕まるようなことになっても、お宅だけは無罪放免だなぁ?」
「そんな約束なんかしていない! ただ、そう言う話を聞いただけだ!」
「でもさ、アツコはタイムパトロールの支持者の言う事を聞いていたんだろう? そうなると、オレたち『ブラックタイマー』はタイムパトロールの手の平で飼われていたって事じゃないのか? お宅が否定したって、そう思っちまうだろう? そうだとすればさ、お宅がリーダーになったって変わんないかもしれないって事だよな? どうせ変わらないんなら、美人ちゃんのアツコの方が良かったぜ」
「いや、ボクはタイムパトロールとの繋がりは切る! 絶対に介入させない!」
「お宅がその支持者の言う事を聞かなきゃ、別のメンバーの誰かさんと繋がるんじゃないのか? おい、どう思う、皆の衆? これじゃ『ブラックタイマー』はタイムパトロールのおもちゃだぜ!」
 皆、互いを見合っている。誰も言葉を発さない。
「……オレはやってらんないね。『ブラックタイマー』を辞めるよ」
 テルキは言うとマイクをスタンドに戻した。
 しばらくすると、あちこちで光が生じ始めた。タイムマシンを作動させているのだ。次々と光が生じ、消えて行った。
「おい! 待ってくれ、諸君! これからはタイムパトロール無しで『ブラックタイマー』は活動して行くのだ! ボクが断言する! 待ってくれぇ!」
 タロウの呼びかけも空しく、皆は去って行った。残ったのは、テルキと逸子とナナとタケルだけだった。
「すごいや…… あの『ブラックタイマー』を。先輩一人で壊滅させちまった……」
 タケルは呆れたようにつぶやいた。


つづく
   

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