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日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

金色の守護霊

2021年03月06日 | 怪談 手芸部信子
 ……あら?

 昼休み、いつもなら自分の席で毛糸を編んだりしている信子だが、今日は何となく廊下に出てみたくなったのだ。教室の外壁に凭れかかり、ぼうっと行き交う生徒たちを眺めていた。その時、一人の女生徒に目が留まったのだ。
 小柄なその女生徒の前には、すらりと背の高い美少女が立ち、その横には三年生で札付きの不良娘が並ぶ。背の高い二人を相手にして一層小さく見えるその娘が何か言うたびに、美少女は笑い、不良娘はぺこぺこと頭を下げている。
「……ねぇ、薫……」信子は教室から出てきた薫に声をかける。「あの娘、知ってる?」
「え?」聞かれた薫は、信子の指差す方を見る。信子の指は小柄な娘を差している。「……ああ、あの娘ね」
「知ってる?」
「あの娘は二組の綾部さとみさんって言うのよ。それで、一緒にいるのは同じクラスの高瀬川麗子さん……」薫は声をひそめて続ける。「あの不良は三年のアイよ」
「うん、アイは知ってるわ。色々と有名だもんね……」
「何故か綾部さんを姐さんとか言っているのよね」
「そうなんだ……」
「で? 綾部さんの何が気になるの?」
「いえ、別に……」
 怪訝そうな顔をしながら薫は廊下を去って行った。
 信子が気にしているのは、さとみが手にしている布製の小さな手提げ袋だった。多分、お弁当を入れる用なのだろう。白地にグレーの細いストライプが入った厚手の布で作られていた。信子は袋に縫い付けられているイチゴのアップリケをじっと見つめる。そして、アップリケを見ながら、信子は左の口の端が少し上がった笑みを浮かべた。 
 不意にさとみが信子を見た。しばらくすると、さとみはぽうっとした表情になって動かなくなった。麗子とアイはそんなさとみを放っておいて、何やら楽しそうに話をしている。時々耳打ちをし合いながら、恥かしそうにくすくすと笑い合っている。
 しばらくすると、さとみがのろのろと動き出した。その時になって麗子がさとみの様子に気が付いた。途端に青褪める。
「……何かあったの?」麗子がさとみに言う。言いながら、アイの腕を掴んだ。「まあ、どうせ大した事じゃないんだろうけどさ……」
「まあね……」さとみは言いながら麗子を見上げる。「聞きたい?」
「別に……」麗子は答える。心なしか声が上ずっている。「……ねぇ、アイ、屋上に行かない?」
「良いですか、姐さん?」
 アイの言葉にさとみはうなずく。二人は腕を組んで行ってしまった。麗子の後ろ姿に向かってさとみの口元が動く。声に出さないが何かを言ったらしい。
 さとみが信子に振り返った。信子もじっとさとみを見ている。やがて、さとみがとことこと信子に近づいた。
「……あの……」さとみが声をかける。「ちょっと良いかしら……」
「……ええ……」信子が答える。「わたしもちょっと話があるの……」
 二人は黙って見つめ合う。
「わたし、二組の綾部さとみって言うの……」
「わたしはこのクラスの須貝信子、手芸部の部長をやっているわ……」
「そうなんだ、わたしは帰宅部って所かな……」
 二人はまた黙って見つめ合う。
「……あの……」
 二人は同じタイミングで同じ言葉を呼びかけ合った。互いに驚いた顔をしたが、すぐに声を出して笑った。
「あはは! なんだかおかしいわ!」さとみは笑いながら言う。「初対面なのにね!」
「そうね、面白い偶然だわ」信子も笑顔で言う。「……それで、何かお話でも?」
「ええ……」さとみは軽く咳払いをすると、急に真面目くさった顔をする。「あなた、すごい人に守られているわ……」
「すごい人?」信子は首をかしげる。「それって、どんな人?」
「う~ん……」さとみは困った顔をする。「……信じてくれるかなぁ」
「信じるわ」信子は言ってうなずく。「綾部さんの言う事なら、信じられそうだから」
「そう、嬉しいわ」さとみは笑む。「じゃあ、言うわね(さとみは信子の頭の上の方を見ている)。須貝さんが産まれた時からずっと一緒で、名前は『はる』って言うおばあさんよ」
「『はる』……」信子は考えた。ふと思い出す。「それって、わたしのひいおばあちゃんだわ。直接会った記憶はないけど、優しくて誰彼の区別なく面倒を見ていた人だったって聞いたわ」
「今ね、金色に輝いているの」
「金色?」
「そう。とっても徳が高い事を表わしているわ。それなのにわたしにも親しく話をしてくれて……」
「……それって、まさか、守護霊みたいな?」
「うん」さとみは素直にうなずく。「須貝さんが正しい事が出来るようにって何時も導いているのよ」
「そう……」
「わたしを変な娘だって思った?」さとみは心配そうな表情だ。「普段はこんな事、他の人には話さないんだけど……」
「いいえ、信じるわ」信子は言って優しく笑む。さとみはほっと息をついた。「わたしもちょっと変な話をするかもだから……」
「言って。わたしも須貝さんの話なら信じるわ」
「その袋のイチゴのアップリケ、『守護縫い』をされているわ」
「そうなの?」さとみは袋を自分の目の高さまで持ち上げる。「これって、亡くなったおばあちゃんが、わたしが小学生になった時に作ってくれたのよ」
「ふうん、物持ちが良いのね」
「大好きだったおばあちゃんが作ってくれたからなのよ」
 さとみは言うと袋を信子に手渡す。信子は手に取り、じっくりと見る。
「……見事だわ。こんな見事な『守護縫い』は初めてだわ」信子は感嘆の吐息を漏らし、袋をさとみに返す。「わたしにはまだまだここまでは出来ないわ。いえ、一生かかっても出来ないわね」
「そうなの?」さとみはきょとんとしている。「おばあちゃんのアップリケ、他にもあるのよね」
「どれでも良いからいっつも持っていると良いわ」
「そうなんだ。……じゃ、ハンカチにするわ」
「そうするのが良いわ。そうすれば、綾部さんはずっとおばあちゃんに守られるわ」
「うん、おばあちゃんもそんな事を言ってくれるわ」
「あら、会ったりするの?」
「ごくたまあに、ね」
「良いわね。わたしもひいおばあちゃんに会ってみたいわ……」
「大丈夫よ、いっつも一緒だから」
「だったら、内緒の事は出来ないわねぇ……」
 二人は笑う。午後の授業への予鈴が鳴った。
「須貝さん、なんだか初めて会ったって気がしないわ」
「わたしもよ、綾部さん」
「……あのさ、他人行儀っぽいから、さとみって呼んでくれるかしら?」
「じゃあ、わたしも、信子って呼んでね」
 生徒たちがあわただしく教室へと戻り始める。
「いずれ一緒に何かやれそうね、信子」
「そうね、楽しみにしているわね、さとみ」
 二人はじっと見つめ合う。そこへ麗子が戻って来た。
「さとみ、ほら、さっさと教室へ戻らないと!」
 麗子がさとみの腕を掴んで連れて行く。信子も教室へと入った。
 しんとなった廊下に、午後の日差しが温かい。

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