お話

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豆蔵捕り物帳 9

2022年01月27日 | 霊感少女 さとみ 外伝 1
 皆が動きを止めて豆蔵を見る。
「何が可笑しいんで?」宗右衛門が怪訝か顔で訊く。「それよりも、どうか、わたくしにお縄を」
 皆がまた口々に「お縄は自分に」と言い出した。
「まあ、待ちねぇ」豆蔵が両手で皆を制する。「オレは端っから大入道野郎の話は信じちゃいなかった。そんな野郎が、実際にいるわけがねぇ」
「でも、親分は上尾の鬼蔵ってのがいるって言ったじゃないか」おてるが言う。「まあ、偶然って言うのはあるもんだって、あの後みんなで話してなんだけど」
「上尾の鬼蔵ねぇ……」豆蔵はにやりと笑う。「そんなヤツ、居ねぇよ。オレの作り話さ」
「なんだよ、そりゃあ!」
 おたきとおてるは一緒に声を出す。
「やっぱりな……」公太はため息をつく。「みんな調子に乗って話を盛り過ぎたんだ、親分はそれを承知でオレたちを乗せたんだな」
「まあ、そんな所だ」豆蔵は笑う。「段々と尾鰭がついていく様に、笑いを堪えるのが大変だったぜ」
「あの鉄太郎に対抗できるのはあいつより大男でなければならないし、おたきさんから注意を逸らしたかったもんで……」公太が言う。「みんなで口裏わせりゃ、信じてもらえるかもと思ったんだがなぁ……」
「残念だったな」豆蔵はふと真顔になる。「でもよ、そう言った近所のワルを、皆で始末した後で口裏を合わせりゃ、簡単には見抜けねぇな。此度もよ、皆が見てねぇ聞いてねぇの一点張りだったらお手上げだったぜ」
「そうか、その手があったか」公太が悔しがる。「変に細工をし過ぎたか」
「おいおい、変な感心の仕方をするんじゃねぇ。真似するヤツらが出て来るかもだぜ」豆蔵が苦笑する。「……で、此度の件の落とし前だが……」
 と、そこへ不機嫌な顔をした片倉が松吉を伴って顔を覗かせた。
「おう、豆蔵、野暮用野暮用にしびれを切らしてこっちから来てやったぜ…… って何でぇ、こんなに人が集まって?」片倉がぐるりと皆を見回す。「お前ぇさん方、何なんだい?」
「例の長屋の皆さんでやす」松吉が答える。「皆さんおそろいで、何かあったんで?」
「下手人が知れたのよ」豆蔵が言う。「長屋の皆さんのおかげでな」
 長屋の連中は押し黙った。口を開こうとした大家を豆蔵は制する。
「下手人が知れただぁ!」片倉が大きな声を出す。「おい、豆蔵、確かだろうな?」
「へい」豆蔵は軽く咳払いをし、皆を見回す。「下手人は…… 上尾の鬼蔵と言う極悪非道な大入道な野郎です」
 声にならない声が皆から漏れた。
「何だ、そいつは!」片倉が怒鳴りながら、刀の柄に手を掛ける。「どこにいる! ぶった斬ってやるぜ!」
「野郎、江戸を出奔しやした。鉄太郎と因縁があって、意趣返しだそうで。事が済んだから江戸を去ると」豆蔵が言ってにやりと笑う。「ワル同士のいざこざってヤツでさぁ。まあ、ダニ掃除が出来て良かったって事で手を打ちやせんか?」
「ふん!」片倉は刀の柄から手を離す。「豆蔵、お前ぇ、鬼蔵ってのに妙に詳しいじゃねぇか?」
「まあ、十手を与かる前から知ってる野郎でやしてね。その鬼蔵自ら訪ねて来て、『鉄太郎への意趣は返した。あばよ』って言って出てっちまったもんで」豆蔵はつらっとして言う。「さすがのあっしでも、あんな大入道には歯が立ちませんや。ああ、そうかいとしか言えやせんでしたよ」
「ほう……」片倉は目を細め豆蔵を見つめる。しばらくして片倉はにやりと笑い、顎を撫でまわす。全てを察したと言う顔だ。「ま、そんな大入道じゃ仕方ねぇな。ダニ掃除も出来たし、取りあえず鉄太郎は病死にしておくとするか」
「へい、ありがとう存じやす」豆蔵は頭を下げた。「……ってわけだから、長屋の皆さんは帰ってもらって構わねぇですぜ」
「でも……」
 豆蔵は渋る大家の宗右衛門を急かして、松吉に先導させて皆を帰らせた。
「……さて、豆蔵。この落とし前、どうするんでぇ?」二人きりとなった所で片倉が言う。「オレに黙っていてほしかったら、今夜は一杯奢れ」
「旦那にゃ敵わねぇな」豆蔵は後ろ頭を掻く。「じゃあ、これから繰り出しやすか」
「そうしよぜ。肴は、事の真相ってところだな」
「本当、旦那にゃ、敵わねぇなぁ」
 二人は笑った。男たちの笑い声に驚いたのか、近所で野良犬がきゃんきゃんと吠え立てていた。


おしまい

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