今日は1月17日。
6434人が犠牲となった阪神・淡路大震災の発生から22年が経ちました。
当時神戸の東灘にある病院に勤めていました。
幸い姫路から通勤していましたので、家族は大丈夫でした。
当日は病院と連絡を取り、自宅待機ということでしたが、翌日に病院に入りました。
普段1時間30分で行ける道が、8時間かかりました。
院長室に泊まり込みながら巡回診療もしました。
昭和大学、三重大学の眼科が応援を各2人出してくださり助かりました。
そこでの教訓は現地の人は皆 被災者です。
勤務していた職員も家族を亡くした人も多くいる状態で、満足に仕事に従事することが出来る人間は少数でした。
その中でも動ける人間は仕事を全うしました。
現地の人間だけではどうしようもありません。
国・自衛隊など大規模な支援が必要です。
地域でできることは限られていますが、例えば他の地域と連携するなどの方法もあると思います。
いつどこで何が起こるか分かりません。
不必要に恐れることはありませんが、備えるべきことは備えておく必要があると思います。
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