太田市長とれたて日記

清水まさよしが太田の元気をお届けします

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ユニー、ベルタウン撤退とまちなか活性化

2006年06月12日 | Weblog

駅前のユニー、ベルタウンが撤退する。両社の代表者が報告にきた。
「太田駅がやっとできあがるのに!」である。
売り上げ減など、ユニーが撤退を決めたのがこの春。半分の売り場面積をもつユニーがいなくなってはベルタウンもやってはいけない。見た目はひとつの店舗であるから半分では格好もつかないし、集客も見込めない。同時に、来年1月14日、閉店を決めたとのこと。

 

オープンは30年も前のこと。地元商店が出資者になって(株)大同(愛称ベルタウン)をつくりユニーを引っぱってきた。画期的であった。
区画整理が終わり、大型店とその中の専門店街、そして南一番街ができた。元気があった。駅を降りての南口は、これからの商業の理想郷のように思えた。スーパーマーケットを核にして、レストランが流行っていた。今でも好きだが、ラ・ロンドのハンバーグは格別だった。
そうそう、あの頃「太田に帰ってもいいな」と思い始めていた。「長男だし、いずれは帰らなければならない。帰ってすぐに仕事があるわけではないだろうが、まあいいや」という気楽な気持ちだった。横浜の自宅を売って貸し倉庫を建てて、生計の基本にした。
ベルタウン、ユニーは元気そうだったが、そのうち南一番街が歯抜け状態になってきた。路上が駐車禁止になりパーキングメーターが置かれるようになった。それが引き金になった。
南一番街は20年も持たなかったような気がする。バブルもあって、徐々に不動産屋さんが触手を伸ばし始めた。

 

需要と供給の関係からか、いつしか風俗店といわれる店が進出し始めた。進出のテンポは増すばかりで、あっという間に飲食、風俗、混在する街区に変わった。
「市長、あれはみっともないですよ。駅前は太田の顔だし、何とかしてください」
こういう悲痛な叫びを聞いた。でも、こればかりはどうにもならない。たとえ、条例で風俗店排除を決めても上位法がある。つまり、市としては何も手出しができないわけだ。交番を充実したり、街区全体を見通せる防犯カメラをつけたり、二重駐車ができないように車道を変えた。犯罪の話も聞かない。
「どこの町に行っても、夜は火が消えたようです。太田の夜は若者が集まっていいですね」
こういう話も聞く。
確かに、金曜、土曜は若者たちで街路はいっぱいである。市民会館を有料駐車場にして開放しているが、かなりの収益が出ている。店それぞれ、経営者が変わったといううわさは聞くが空き店舗は見当たらない。

 

この間、「まちづくり三法」に関連して国に出かけた。
私が政策としてやってきた、旧市街地に行政センター、市営住宅など3棟を建ててきたことはこの法律の精神そのものである。「NPO法人くらっせ」がまちなかに月2,000人もの主婦と子どもたちを集めているが、これも新しくできた法律の先をいくものである。彼らの努力に感謝をしている。
ベルタウン、ユニーは駅前にあり、健全な集客の骨格にしなければと思っている。
「群馬大学、ユニー跡地、そして市民会館は中心街の活性化につなげるべきですね」

国の担当課長さんはそういってくれた。事情によって維持できないこともあろうが、まちなか活性化の機軸であることは確かだ。

 

ユニー、ベルタウンは太田市の顔のなかの顔である。経営者は跡地利用でどんなことを考えているか、まだその段階ではないが、その旨を協議の中でお話していきたい。

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