竹内しげやす 市政チャレンジ日記

新米議員から二期目を向えて市政にチャレンジする奮戦記。
一歩一歩目標に向け前進する日々の行動を日記風に。

今昔の三谷 ”東前地区の埋立て”

2018年04月29日 | 一般
平成30年4月29日(日)
お早うございます。

<4月29日、今日は何の日>
1901年4月29日  昭和天皇、日本の124代天皇がお生まれになった日です。
幼少時の称号は迪宮(みちのみや)・諱は裕仁(ひろひと)。お印は若竹(わかたけ)。 1989年〈昭和64年〉1月7日 没

歴代天皇の中で(神話上の天皇を除くと)在位期間が最も長く(約62年)最も長寿(宝算87)である。

第124代天皇

さて今日は、今昔の三谷 ”東前地区の埋立て”を取り上げたいと思います。

<今昔の三谷、過去の掲載>
・三谷町の賑わい ”六間道路”・・・2014年02月26日
・今昔の三谷 ”星越バイパス”・・・2015年12月11日
・今昔の三谷 ”蒲郡市の誕生”・・・2018年03月30日

三谷町東前地区の埋立て工事は、昭和35年に着工され、同38年に完成した。
埋立ての一つの理由は昭和34年に大きな被害をもたらした伊勢湾台風である。
高潮で浸水や漁船が家屋に突っ込むという被害があったが、硯川にかかる硯橋までは水がこなかった。
そこで、市は硯橋の高さまで埋立てをしようと考えた。
当時、出島方式(運河のようなもの)をつくってほしいという要望もあったが立ち消えとなった。
市は、西側の一画を準工業地帯として水産加工場を誘致しようとしたが、これも実現されず、
「くみあい飼料」(今は太陽光発電)、「県水産試験場」などに活用されている。
東前の埋立てが短期間にできたのは、伊勢湾台風の災害復旧という国の事業と併せて行ったことが大きい。

埋立て前(昭和34年)右 埋立て後(昭和40年)左



昭和34年10月の「広報がまごおり」から
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