昭和の残照を求めて

~ 平成や令和の御代に残る、昭和時代を感じさせる懐かしい風情・情景 ~

このブログ「昭和の残照を求めて」は、本日より「ヤプログ!」から「gooブログ」へと移行しました

2020年02月01日 | その他

このブログ「昭和の残照を求めて」は、平成22年1月から10年間に亘って、GMOメディアさんが運営する「ヤプログ!」というレンタルブログサービスを利用し続けてきましたが、その「ヤプログ!」が昨日を以て全てのサービスの提供を終了したため、このブログは本日より、「ヤプログ!」から「gooブログ」へと移行しました。
今までヤプログ版の「昭和の残照を求めて」にアップしてきた過去の記事や写真は全て、gooブログへと移りました。

読者の皆様方にとっては、ブログのアドレスや見栄え(色調やデザイン等)が少し変わる以外、特に目立って変わる部分は無いと思いますが、今まで同様、今後も引き続きこのブログを宜しくお願い致します。


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「平成」に続く新元号が「令和」と発表されました

2019年04月01日 | その他
新年度(平成31年度)の初日となる今日、政府から、新しい元号が「令和」(れいわ)であると発表されました。

あくまでも今日は発表されただけで、実際に「令和」という新元号が施行されるのは来月1日からですから、今月いっぱいは引き続き「平成」の御代が続くわけですが、 今日の発表が、今上陛下から新帝陛下への「御代替り」を象徴する、歴史的な出来事となった事は間違いありません。
実際、今日の新元号発表のニュースは、全国で中継や号外として直ちに速報され、世界各国のメディアでも大きく報道されたようですし。



新たな元号「令和」は、日本最初の元号である「大化」からは248番目となる元号で、今から千二百年余り前に編纂された日本最古の歌集「万葉集」の、梅の花の歌、三十二首の序文にある『初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫す』から引用されました。
これまでの元号は、いずれも漢籍(中国の古典)から選ばれており、今回、初めて日本の古典から選ばれたという事も、新元号の大きな特徴です。恐らく今後はこれが前例となって、日本の古典が新元号の典拠となる、という流れが慣例・伝統になっていく事でしょう。
但し、前述のように「令和」の出典は、万葉集三十二首の「序文」であり、つまり、和歌そのものではありません。太宰帥(大宰府の長官)の大伴旅人の家に集まり、皆で和歌を詠んだ事を述べる部分であり、原文は万葉仮名を用いた漢文です。‬

なお、政府の説明によると、「令和」には、『悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄を、しっかりと次の時代へと引き継いでいく。厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい』という願いも込められているのだそうです。

「昭和」生まれの私達の世代にとっては、来月から、「昭和」「平成」に続く3つ目の元号「令和」の御代を生きる事になります。「大正」生まれの方にとっては4つ目、「明治」生まれの方にとっては、5つ目の元号になりますね。
「令和」が一体どのような世の中になるのかはまだ分りませんが、今は、御代替りに向けて奉祝ムードが大きくなってきている世相もあって、不安よりは期待が大きいです。

1ヶ月後に践祚改元を迎えるに当たって、改めて、我が国が誇る悠久の歴史に想いを馳せ、謹んで聖寿の万歳と皇室の弥栄を御祈念申し上げます。

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渡島大野駅と新函館北斗駅

2019年03月26日 | 北海道
丁度3年前の今日、平成28年3月26日に、北海道新幹線が新青森~新函館北斗間で先行開業しました。
その日、それまで東京から北海道・東北方面へは新青森までしか運行されていなかった新幹線が、初めて津軽海峡を越えて、北海道へと乗り入れ(営業運転)を始めたのでした。

今回は、その北海道新幹線の開業によって、全く面影が無いほどにガラリと姿を変えた、渡島大野駅を紹介します。ちなみに同駅は、現在は新函館北斗駅に駅名が改称されています。
以下の写真はいずれも、今から9年程前の平成22年6月に私が見学・撮影した、当時の渡島大野駅です。













函館本線(函館~旭川間)は、明治35年12月に、先ず亀田(現在の函館駅)~本郷間で先行開業したのですが、その本郷駅が、この駅でした。昭和17年に渡島大野に改称されるまで、ここは本郷という駅だったのです。
開業の翌年には、路線が森まで延伸された事により、本郷駅は終着駅ではなく途中駅になりますが、それでも、明治から昭和初期にかけて、本郷駅は檜山方面を結ぶ中継駅としての重要な役割を果たし、駅周辺には馬車やバスが行き交い、駅前には宿屋もあって賑わっていたそうです。

しかしその後は寂れていき、私が渡島大野駅を訪れた時は、上の写真の通り、「無人駅の割にはやや大きな駅だな」という程度の、そして「いかにも昭和だな」という感じの、道内にはよくある、ひっそりとした佇まいの駅でした。
駅の規模・構造は、駅舎に接している単式ホームと跨線橋で連絡されている島式ホームが複合した2面3線で、昭和61年までは有人駅でしたが、その後はずっと無人駅のままになっていました。
駅前には商業施設なども皆無で、もし北海道新幹線が建設されなければ、ほぼ間違い無く、ここは今もそのままの状態だったのでしょうが、北海道新幹線が開業した事により、この渡島大野駅は、現時点では北海道新幹線の終着駅となる「新函館北斗駅」に生まれ変わる事になり、駅は一変しました。

ちなみに、いかにも「平成」の新駅という感じの、以下の写真が、現在の新函館北斗駅です。新幹線は2面2線、在来線は2面4線の構造となっています。上の写真の、渡島大野駅時代の駅舎は、今はもう解体され現存していません。





なお、渡島大野駅を見学した後、私は、近くにある流山温泉駅も見学してきました。その時の様子は以下の記事で紹介させて頂きましたので、興味のある方はこちらも御一読下さい。
https://yaplog.jp/syouwa-scene/archive/138

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謹賀新年

2019年01月01日 | その他


謹んで新年のお慶びを申し上げます

このブログのタイトルの中でも使わせて戴いている「昭和」という元号、つまり、先帝(昭和天皇)の御代が、もし今も続いていたとしたら「昭和九十四年」となる、己亥(つちのと ゐ)年の年頭に当り、改めて、六十年以上もの長きに亘って私達国民をお導きになり国民と歩まれた昭和天皇の御聖徳を偲び奉ると共に、その昭和天皇のみ心をお心として日々御公務に精励遊ばされている、本年5月からは上皇陛下となられる今上陛下と、御譲位により本年5月から新帝陛下(第126代天皇)となられる皇太子殿下の、御身が益々御健勝であられる事を、そして、皇室の彌栄、我が国の隆昌、世界の平和を、心より祈念申上げます。

扨、本年の十二支は、皆様も御存知のように「亥」で、これは、十二支の動物としては一番最後の順番の猪(イノシシ)に当たります。
猪は、現代では駆除対象の害獣とされていたり、短絡的な意味で使われる事の多い「猪突猛進」などという言い回しなどから、一般にはあまり良いイメージは持たれておりませんが、古来に於いては、力強くも猛々しいその様から、猪は神聖な動物と見なされる事も少なくはありまでんした。
例えば、高直な人柄で一身の利益を顧みずに忠節を尽くした事で知られ、戦前は十円紙幣の肖像画にも採用された、奈良時代末期から平安時代初期にかけて活躍した公卿「和気清麻呂」公を御祭神としてお祀りしている護王神社・和気神社・御祖神社などでは、宇佐へ配流される際に清麻呂公が猪によって難事を救われたという伝承から、特に猪を霊獣として尊び、境内には今も狛犬の代わりに「狛猪」が置かれています。

また、前出の「猪突猛進」という四字熟語も、今日では「何も考えずに、向こう見ずに突っ込む」というネガティブな意味で解される事が多いですが、その一方で、「目標に向って、ブレる事なく一途に突き進む」というポジティブな意味も内包しており、そういった意味から、猪は「目標達成」を象徴する動物ともされています。

このブログを読んで下さる読者の皆様方に於かれましては、猪のそういった故事に倣いまして、本年は、慎重でありながらも、目標に向って真っ直ぐに猛進される良き年とならん事を、そして、益々の御健勝を、心よりお祈り申上げます。
本年も何卒一層の御指導・御鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

平成三十一年(昭和九十四年)
皇紀二千六百七十九年 西暦二千十九年
元旦


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かつては師走の風物詩でもあった、札幌の「歳の市」

2018年12月26日 | 札幌市内
3年前の今頃、札幌市中央区の中島公園で撮影した、同公園内に出店されていた、注連縄・〆飾り・お正月の縁起物などを販売する「歳の市」の様子です。

札幌の師走の風物詩でもあった、この「歳の市」は、かつては創成川付近や大通公園で開催されていた事もあり、最盛期には50店以上のお店が軒を連ねていたそうですが、時代の流れもあって今ではたったの2店だけになってしまい、何とも寂しい限りです…。







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