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福寛美「喜界島・鬼の海域」:親典社新書

2009年10月06日 | 「Weekly 読書感想」
喜界島・鬼の海域―キカイガシマ考 [新典社新書]
福寛美
新典社

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 活字も大きく、100P余の新書・小冊子。出版シリーズ一覧を見ると通勤ホーム上や満員電車内でも難しい歴史テーマを解説、手軽にアッという間に提供する出版社の意図が見える。私のような懸案、課題多忙な読者には極めて貴重、喝采を送りたくなる企画ですが、著者は書きたいことの抑制、省略でさぞ大変だったのでは。
 俊寛流罪で有名な喜界島は、それぞれの時代に「鬼ヶ島」「貴海島」と陰陽、可否それぞれに呼ばれた歴史の背景を著者はその専門領域である「おもろさうし」と近来の考古学研究成果から読み起している。その背景には琉球王朝の変遷、さらに王朝のルーツを窺わせる倭寇の活躍を述べている。
 あまり良い読み方ではないが、私にとって本書で最も衝撃的な部分は南西諸島のシンボル・総称として“鬼界”と称された所以は死者の縁者がその肉を食べる風習があり、これは後に豚肉に変わったと言う記述。
 もちろん、ここで言う“鬼界”とは現在の喜界島を言うのではなく、当時の大和朝から見た南西諸島の概括総称と理解したい。
 かって、琉球では近い親族を“マシシオ・エーカ“、遠縁を“ブトブト・エーカ”と呼んだという。これを漢字で書くとマシシオ=真肉、ブトブト=脂肪。これは著者の節ではなく著名な琉球史家である比嘉春潮と伊波普猷の引用説として紹介している。
 10年程前に私の遠縁が“恐らく最後の洗骨”風習と奄美に墓参、“埋葬年が浅く腐肉がベト付き大変だった“と言うのを聞いたことがあります。南西諸島の食肉風習も死者への供養の意味もあったのではないか?
 こう書くとまた、南島の蛮風と思われがちですが、東京多摩に住む知人から「昔、多摩川縁でも似たような習俗があった」と周辺の古老から聞いたとのこと。
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2 コメント

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拙著をブログで取り上げありがとうございます。 (福寛美)
2009-10-07 22:54:36
 御興味を持たれた箇所の、伊波普猷、比嘉春潮氏の指摘は遺体を一旦葬り、もう一度手を掛けて二次葬をする文化あってのこと、と思っております。また、葬祭や供養の儀礼には豚肉料理を囲んで共食する文化も琉球・沖縄にはありますので、なるほど、と思い引用しました。本土では、ホネカミ(骨噛み)といって、 例えばヤクザの親分が亡くなると火葬した骨を子分達が噛む(食べる)、という習俗の存在をきいたことがあります。死者との一体化を求める、という説明も読んだ事があります。死者儀礼の一環として、このホネカミも南西諸島のかつての遺体処理のひとつのあり方も、同根のように思います。
jmsdelnero@gmail.com (james)
2011-02-22 04:46:15
この習慣は有史以前の回にさかのぼります?

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