漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

シャンブロウ

2005年12月07日 | 近景から遠景へ
 C.L.ムーア女史の作品の中に、「ノースウェスト・スミス」シリーズというものがある。有名な作品なので、SFが好きな人は大抵知っているだろうが、宇宙を股にかける無宿者ノースウェスト・スミスが活躍する、ヒロイック・ファンタジーのシリーズである。その中でも、最も有名な登場人物が、この「シャンブロウ」だというのは、(この作品シリーズを知っている人なら)誰も反論しないだろう。
 この短編の収録されている単行本は、ハヤカワ文庫SFの「大宇宙の魔女」。表紙は松本零士の艶かしい女性のイラストである。印象的な絵なので、書店で目にした事があると記憶している人も、多分多いのではないかと思う。少なくとも僕は、この小説を読んだのが小学生の時だったから、どきどきしたことを覚えている。余談だが、この本は、野田昌宏氏による解説がまた有名である。

 シャンブロウについて。
 シャンブロウという女性?キャラには、非常にファンが多いらしい。当時、シャンブロウ専門のファンクラブまであったとうから、相当なものだ。
 シャンブロウとは、ムーアが創作したキャラクターであるが、つまりゴルゴーンのことである。メデューサ、と言った方が、分かりやすいだろうか。作品中では、メデューサ神話の元になった存在、という説明がされている。
 シャンブロウは、メデューサとは違って、髪が蛇ではない。ただ、真紅の髪が蛇のように男に巻きついて、得も言われぬ快楽を与える代わりに、生命力を奪ってゆくという存在である。つまり、寄生するわけだ。吸血鬼にも近い。
 作品中では、無法者に追われている美しい女性をスミスが助けるところから始まる。その女性が「シャンブロウ」というものであることは、すぐに分かるのだが、スミスは「シャンブロウ」というものがどういうものなのか知らない。だが、親切心から助けたそのシャンブロウによって、スミスは危く命を落とす寸前まで行く。助けた恩とか、そんなものは全く関係ないという筋はこびが、いい。だが、それはシャンブロウが悪いわけではない。シャンブロウは、「シャンブロウという生物」として、当然の行動をとっただけなのだ。

 C.L.ムーアは、作家ヘンリー・カットナーの夫人であり、共著も多い。
 僕は、あまりヒロイック・ファンタジーは好まないのだが、この作品はとても印象に残っている。ヒロイック・ファンタジーというよりも、むしろ、コズミック・ホラーに近い読後感だったからだ。それは、舞台が火星や金星であるからというせいではないと思う。むしろ、主人公であるはずのノースウェスト・スミスが、強い男であるはずなのに、全く無力で、翻弄されているだけであることが多い、というあたりがミソかもしれない。スミスはつまり、狂言回しのようなものなのだ。ムーアの書きたかったものは、多分、ヒロイック・ファンタジーでもスペースオペラでもなかった。
 実際、ムーアの作品を最も評価していた作家の一人は、「クトゥール神話」で有名な、H.P.ラヴクラフトだった。互いに遣り取りしていた書簡も、相当ある。余談ながら、未読ではあるが、ホジスン研究で有名なサム・モスコヴィッツ氏も、著書「Seekers of Tomorrow」の中で、ムーアとその作品について述べているようだ。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ヒロイックfantasyというと語弊があるのでは (とおりすがり)
2009-10-24 12:01:51
スペースオペラですよね。ヒロイックファンタージというのは、コナンシリーズみたいなのを指します。
とおりすがりさんへ (shigeyuki)
2009-10-24 19:47:37
なるほど。
でも、なんだかスペースオペラというのも違う気がするし、まあ、いいじゃないですか、何でも(笑)。面白いんだし。

コメントを投稿