漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

月の雪原 / 第一部・雪原 / 2・トゥーリ・5

2007年06月26日 | 月の雪原
 ガイドは町の若者で、名前をアトレウスと言った。彫りの深い、整った顔をした青年で、がっしりとした体格と優しい瞳を持っていた。まだ二十五歳だったが、生活の基盤の一部をタイガでのクロテンなどの狩猟に頼っており、この辺りの地理には精通していて、ガイドにはうってつけだった。アトレウスの狩りの腕前は、トゥーリには見事なものに思えたが、彼に言わせると、自分はまだまだヘタクソだということだった。アトレウスは言った。昔の人たちは、俺の使っている銃とは比べ物にならないほど原始的な猟銃を使っていたが、ほとんど百発百中だったらしい。玉も火薬も貴重だから、ぎりぎりまで追い詰めて、確信を持って止めをさしたそうだ。それでもどうしても難しい場合は、必ず周りに沢山樹がある場所で発砲したんだと。もし外しても、後で樹にめり込んだ玉を回収できるようにね。
 アトレウスは、饒舌ではなかったが、信頼できる若者だった。酒を飲みすぎることもないし、嘘もつかない。トゥーリはこの若者が気に入って、ガイドを頼んだのだった。彼の先導で、トゥーリは小屋を構える場所を探して密林を歩きながら、タイガで生活するための心構えのようなものを学んだ。そうして得た知識は、トゥーリにとっては実際、財産といってよかった。
 秋から冬にかけて二人はタイガを歩き、ようやくトゥーリが納得した場所に首を捻ったのはアトレウスだった。彼にしてみれば、どうしてこんな危険な場所に小屋を構える必要があるのか、理解できなかった。何と言っても、切り立った崖の側なのだ。眺めの良さ以外に魅力はなく、リスクは少なくない。もっと住みやすいアラース、つまりタイガに開いた平原なら、沢山あるのだ。だが、トゥーリは満足げにその土地を眺め、譲らなかった。トゥーリは言った。リスクは、どこに住んでも無くなるわけじゃない。ここなら町からの距離も比較的近いし、それにこの眺望は、何物にも替えがたい。
 「まあ、別荘としてなら、それほど悪くはないかもしれないですね」アトレウスは崖の近くまで、恐る恐る歩きながら言った。「俺には、正直ちょっと落ち着かなくなりそうな場所ですが」
 「人それぞれだ」トゥーリは言った。「近いうちに、小屋を建てたいと思う。手配して欲しいんだが」
 「わかりました」アトレウスは言った。「知り合いの大工に頼んでおきますよ。いい仕事をしてくれる筈です」


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