漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



ダフネ・デュ・モーリア「人形」(務台夏子訳/創元推理文庫)読了。

 全14篇収録の初期短編集で、近年発見されたという表題作などはデビューの三年前、著者が21歳の時の作品だというから恐れ入る。デュ・モーリア版「ひとでなしの恋」ともいうべきこの作品の完成度が恐ろしく高い。乱歩の作品では、男性が少女の人形に恋する物語だったが、こちらはその逆で、女性が少年の人形に恋している物語。乱歩の作品よりも、かなり現代的でもある。しかもこの作品にはもうひとつ特筆すべき点があって、なんと主人公の女性の名前がレベッカというのである。もちろんあの名作長編「レベッカ」との直接の関連性があるわけではないだろうが、著者の頭の中には、ごく初期からレベッカという名前が存在していたという事実は、無視できる事実ではない。
 「レベッカ」といえば、「幸福の谷」という短編も、レベッカへと繋がる作品ではないかと解説にある。確かに物語のトーンが似ている。「レベッカ」に組み込まれたと言われても、納得する短編である。ぼくがこの短編集の中でいちばん好きなのが、ややゴシックの香りが漂うこの幻想小説。
 乱歩の名前がでたからというわけではないが、冒頭の「東風」は小さな島を舞台にした物語りで、長年に渡って孤立している小さな共同体の常として近親婚などが進み、独自の文化を持つようになっているところに、台風を避けた外国からの船がやってきたことで島の人々に小さな波乱を起こす、といったもの。横溝正史の小説に出てきそうなシチュエーションであるが、閉鎖的な世界の外に憧れる女性の心情を描き、ちょっと忘れがたい印象を残す。
 他の作品も、若書きだから今ひとつなのではという危惧は無用の作品が並ぶ。「ピカデリー」と「メイジー」は娼婦を描いた小説。「いざ、父鳴る神に」と「天使ら、大天使らとともに」は共通した主人公の連作で、自分のことをなかなかイケてる男だと思っている、権力に阿り弱者の痛みなど口先だけで全く理解しようともしない、かなり最低でスノッブな牧師の物語。「性格の不一致」は、ちょっと思い当たるところがあるなあと感じる男性も多いのではないかという、男の身勝手さについての物語。「満たされぬ欲求」は生活力がまるでない男の物語で、オチがなかなか洒落がきいてて面白い。「痛みはいつか消える」は浮気をされた女性の物語。「ウィークエンド」は、最初は女性にいい顔をして格好をつけてみせるが、自分の思い通りにならないとそれをすべて相手のせいにしてキレる男の物語。「そして手紙は冷たくなった」は、書簡のみで構成されている小説だが、女性に対して非常に熱烈な感情を抱いているところから、相手をうとましく感じるようになってゆく様子を描いている。などなど、全体的にクズ男を書いた作品が多いが、というより男の身勝手さを描いた作品が多いというべきか、なかなか辛辣である。やや毛色の違うクズ男作品としては、「飼い猫」は、中年の男と子持ちの女性の恋愛の物語なのだが、男は密かにその娘の方を狙っているという小説で、これもなかなか嫌な感じである。
 また、この本の末尾を飾る「笠貝」はこの本の中でも最も印象的な作品のひとつで、身勝手の塊ともいうべき女性の独白である。登場人物たちはみな、この女性に関わることで、ひどい被害を被るが、語り手の女性はただひたすら自分が被害者であると語り続ける。解説にもあるが、ちょっと関わりたくないタイプである。
 という感じでデュ・モーリアは、この初期作品集の中で人の嫌な部分を、多くはちょっとしたユーモアとともに、描き出す。こうした人を観察する目の確かさが、後の傑作群につながってゆくのだなと、改めて感じる短編集だった。


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