漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

魔女の丘

2018年02月25日 | 読書録

「魔女の丘」 ウェルウィン・W・カーツ著 金原瑞人訳
福武文庫 福武書店刊

を読む。

 ジョン・ソールの「暗い森の少女」を半分くらいまで読んだのだが、なんだか面白くないので放り出し、代わりに積んでいたこの本を何気なく手にして読み始めた。すると、これがなかなかの掘り出し物だった。 
 福武書店は、進研ゼミでお馴染みのベネッセ・コーポレーションの元々の社名である。今でこそ出版社というイメージはないが、かつてはかなりコアな文学作品を多く紹介していた中堅の出版社だった。「海燕」という月刊文芸誌を発行し、吉本ばななや小川洋子、島田雅彦らを排出したが、 売れ行き不振から休刊に追い込まれ、ついには文芸出版からの完全撤退を余儀なくされたようだ。文芸出版に対してかなり志が高い印象があったが、それが仇になった形である。ベネッセの文芸出版部門の廃止に伴い、個性的なラインナップで一部の読書家たちの支持を集めていた福武文庫も廃刊となった。福武文庫は、統一感のあるブックデザインも印象的だったし、創刊時のラインナップに澁澤龍彦「犬狼都市」が入っていたことに象徴されるように、幻想文学に強い文庫だった。日本文学としても、内田百閒が文庫として初めて現代仮名遣いでまとまった形で紹介されたり、澁澤作品を始め、色川武大「狂人日記」、野坂昭如「乱離骨灰鬼胎草」など、異色な文学に寄り添ったラインナップだったが、そうした傾向は海外作品では更に顕著で、発刊された作品のほとんどが広義の幻想文学だとさえ言えるほどで、有名作家であるモーパッサンやスティーブンスン、それにフォークナーらの短編集も、怪奇幻想作品に特化したものだった。また、同文庫は「JOYシリーズ」という、ローティーンからミドルティーンあたりを対象にした児童文学のシリーズも持っており、チムニクの「クレーン/タイコたたきの夢」など、ちょっと変わった優れた児童文学を紹介していた。この「魔女の丘」も、その中に含まれた一冊。
 ストーリーは、だいたい以下のようなもの。

 作家である父ロバートとともに、ガーンジー島という、古い伝統を根深く持った島を訪れた14歳の少年マイク(ガーンジー島はチャンネル諸島にある実在の島である)。島では父の友人のトニーとその妻である美貌の女性ジャナイン、それにマイクの一つ年下の娘リザが二人を出迎えた。どういうわけか最初からマイクに対して釣れない態度をとり続けるリザはトニーの娘ではあるが、連れ子なので、彼女にとってジャナインは義母ということになる。そしてリザは、どういうわけかジャナインを嫌っているようだった。ふたりが腰を落ち着けた古い屋敷は、ソピエール邸と呼ばれており、それは「石の下」という意味で、屋敷の裏手にそびえる丘に由来した名前だという。丘はトレピエの丘と呼ばれており、ストーンヘンジを思わせる巨石があちらこちらにあり、丘の頂上には先史時代の埋葬用石室が存在している。そこでは、つい最近、ほんの15年ほど前まで、魔女が集まって黒ミサが行われていたという。
 その夜、なかなか眠れないマイクはベッドを抜けだして窓から外を眺めた。すると、丘の上に灯りが仄かに灯り、誰かの影が見えた。驚いたマイクは好奇心から家を抜け出し、丘へと向かう。すると途中で、深くフードを被った人が降りてくるのに出くわす。慌てて身を隠し、その人物をやり過ごすが、その少し後で、まるで追いかけるようにそっと降りてくる小柄な人影を目にする。ひと目でマイクはそれがリザだとわかり、彼女に話しかける。するとリザは怒ったように、「間に合わなくなるから、離して」と彼を振り切って歩いていってしまう。マイクは憤慨するが、ふたりのやってきた道を辿って丘の上へと向かう。そこで彼が目にしたのは、石室の屋根に生け贄として捧げられた血塗られた仔犬と、一人の人影だった。そこでは、明らかに黒ミサが行われていたのだった。
 翌日、マイクはリザを問い詰めた。彼女によると、黒ミサは実は今でも密かに行われていて、島には「魔導会」という魔女グループがあり、メンバーはリーダーとふたりの補佐役を含めて13人いるという。リザはメンバーではなく、メンバーが誰なのか、集会のたびにこっそりと見張りにでかけているのだという。数十人しかいない村の人口の中で13人というのは、かなり多い割合だった。昨日は、マイクのせいで追いかけていた人物を見失ってしまったのだという。リザによると、義母のジャナインはそのメンバーのひとりだということだった。
 ソピエール邸の隣には、ロック館というやはり古い屋敷があり、そこにはシートン・ゴスという人物が住んでいた。彼は膨大なオカルト関連の蔵書を持っていることで知られていた。リザによると、彼もその「魔導会」の一員であるという。父のロバートは彼の蔵書を見せてもらうために皆を連れてロック邸を訪れる。そこにはシートン・ゴス以外にもイーノック・ゴスという人物がいた。彼らの話を聞くうちに、魔道書の中でも特に「古アルバート」と呼ばれる書物は特別で、最も古いものであり、この島から持ち出すことはできず、また、持ち主には絶大な魔力を与えるが、その資格のないもの手に渡ると、その持ち主の命を奪って、別の持ち主のもとへと渡るという、まさに「魔の書物」であるということを知る。シートンは、その書物を持っているのだという。ところが、そうした話をしている間に、突然シートンが苦しみ始める。そして医者であるトニーの介抱の甲斐もなく死んでしまう。トニーによると、シートンは毒殺されたのだということだった。しかしその混乱の中、ジャナインとイーノックは図書室に向かっていた。図書室にはロバートもいて、書棚に隠し扉を発見するが、その奥にはなにもなかった。
 シートンの死後、トニーの容体が次第に悪くなってゆく。まるで魂の抜けたようになった彼は「いななるときに本は本でないのか」とつぶやく……。

 ダラダラとあらすじばかり書いていても仕方ないので、このくらいにしておくけれども、ここまででだいたい全体の1/3程度。この後、「古アルバート」をめぐるイーノックとジャナインの密やかな争いや、「古アルバート」の秘密の真相、リザをめぐっての戦いなどが展開されてゆくのだが、児童文学とは思えないほど怖いし、さまざまな伏線もきちんと回収され、父と子の物語としてもなかなか薀蓄があって、非常に面白い本になっている。作中、どういうわけかマイクがブラッドベリの「華氏451度」を読んでいるシーンが何度も登場するのだが、それも実はちょっとした伏線になっていたりして、楽しい。なかなかの佳品なので、復刊されてもいいのではないかと思うのだが、今の時代の日本の子どもたちにどれだけ訴えうる内容なのかは、正直ちょっとよくわからない。ある程度本を読んでいる子なら、時代や国は関係なくきっと楽しめる本だとは思うんですが。

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