漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

ローリー・ウィローズ ・・・3

2017年07月02日 | ローリー・ウィローズ
 ローラはまるで一人っ子であるかのように育った。彼女の乳児期には、兄たちは学校へ行ってしまっていた。休日になって兄たちが帰ってきたとき、ウィローズ夫人は言ったものだった。「さあ、ローラとちゃんと遊んであげてね。ローラはあなたたちが学校に行っている間、毎日ウサギちゃんに餌をあげてくれてるのよ。だけど、ローラを池に落っことしたりしないようにね」
 ヘンリーとジェイムズは母親の命令で、できる限りローラを見守った。ローラが池のすぐ縁にまで行ったりすると、大抵はどちらかが呼び戻さなきゃと思った。そして家に帰る前には、ヘンリーは用心のため、服についた芝を取ったり、ローラのサンダルにたまたま付着した、密告者めいた緑色のヘドロを拭き取ったりした。しかし自分たちよりずっと年下の妹と楽しく遊ぶというのは、いささか無理があった。彼らは兄貴らしさを発揮して、ボールを投げたり受け止めたりすることを妹に教え込んだ。そして彼らが騎士と赤いインディアン(訳注:Knights or Red Indians:ヒーローごっこ?)をするとき、ローラは律儀に、されるがままになる女性の役割を演じた。これは名誉に足ることだった。たとえ、それから少し先の場面で、その人質になっている女王、あるいは良きインディアンの娘が、馬車置き場にあるビール醸造所だとか、あるいは放置されたままのメロン穴の近くの、すみれ色の葉を敷きつめた低いあずき色の屋根の下に住むオリバー・クロムウェル(訳注:清教徒革命の立役者。共和制を打ち立てたあと、独裁を敷いた。ピューリタン的な禁欲を国民に課したため、今でもイギリスでは人気がない)という嫌な奴の元へとこっそりと逃げ出していたことが判明してとしても、それはごっこ遊びの大筋を大きく左右するものではなかった。一度実際に、人質の王女を演じるローラが木に縛られていたとき、兄たちは彼女のために戦う各々の戦闘に熱中しすぎて、友情を誓ってホリーランドへ出発する前に、王女の元へと向かって救い出すというのを忘れてしまった。ウィローズ氏は、羽虫で霞む夕日の中をビール醸造所から帰ってくる途中、ふと思いついて、ウサギがこれ以上苗木を囓ったりしていないかを見るために、ふらりと果樹園に立ち寄った。そこで彼は、干し草を縛る紐で縛られ、雨具も着ないで、蛇についての物語を呟きながら満足気に座っているローラを見つけた。ウィローズ氏は、ローラの平然とした受け答えを聞きながら、いったい何があったのかを理解して、非常に苛立ちを覚えた。彼は娘のサンダルを脱がせ、脚を擦った。それから彼は娘を屋内の自分の書斎へと運び、一杯の暖かくて甘いレモネードをすぐに用意するようにと指示を出した。彼女は父の膝の上に座り、新しいフェレットについての話を聞きながら、それを飲んだ。ヘンリーとジェイムズがインディアンの鬨の声をあげながら近づいて来るのを耳にすると、ウィローズ氏は彼女を自分の革張りのアームチェアに置いて、二人に会うために出て行った。彼らの上げる鬨の声は、父親の厳しい顔を目にすると、震えて途切れた。ウィローズ氏が二人に、夕食の時間が過ぎてしまっていることを思い出させ、たまたま自分が見つけなかったら、ローラは今でもまだBon Chrétien(訳注:洋梨の種類?)の梨の木に縛られたまま座っていただろうと指摘すると、二人は、黄昏がまるで激しく糾弾をするかのように、自分たちの上に落ちてきたような気がした。
 この出来事は、ウィローズ夫人が頭痛で横になっていた日に起こった。「わたしが休んでいる日に限って、いつも何か悪いことが起こるんだわ」と夫人はブツブツと不平を漏らした。また別の、ウィローズ夫人が休んでいたある日のこと、エヴァラ―ドがローラに、居間のケーキからくすねた砂糖煮のさくらんぼを食べさせたことがあった。ローラはすぐに重い病気になり、馬丁の少年が大急ぎで、エヴァラードの雌馬で、医者を呼びに走らされた。
 ウィローズ夫人は、ローラが生まれたあと、産後の肥立ちが思わしくなかった。月日が経つうちに、彼女の体調はどんどんと不安定になっていったが、それでもいつでも笑顔は絶やさなかった。彼女はほとんど十分な接待をすることがなかったので、ローラは静かな家庭の中で成長した。季節に合わせて、シルクあるいはシールスキンのマントに身を包んだ婦人たちが訪れ、側のソファに座り、こう言ったものだった。「ローラはどんどん成長してきているわよ。そろそろ学校へ入れるといいんじゃないかしら」ウィローズ夫人はそれを、瞳を半ば閉じたまま聞いた。そしてまるで非難するかのように、頭を片側にかしげたまま、曖昧な返事を返した。それから瞳を完全に閉じてしまうことで、彼女たちに帰るように促すと、ローラを呼んで、言ったものだった。「ねえ、スカートが少し短くなってきたんじゃないかしら?」
 するとナーニがローラのギンガムとメリノ毛織物の折り返しを一段解いて丈を長くし、婦人たちが再び攻撃を仕掛けてくるまでの数カ月を過ごした。彼らはみんなウィローズ夫人が好きだったが、彼女の責任というものに対する認識、殊にローラに対する責任感というものを、しっかりと自覚させる必要があるという点で、意見が一致していた。ローラを自分のもとに繋ぎ止め過ぎているというのは、実際、正しいことではなかった。貧しく愛らしいタイラー嬢は、優秀な女性だった。彼女は、考えられる近隣のすべての教室の中で、半島にあるものについては調べなかったのだろうか?(原文:Had she not inquired about peninsulas in all the neighboring school-rooms of consequence? )しかし、一日に三時間のタイラー嬢と、冬のブレベッツ夫人のダンス教室では、ローラにとって必要なものをすべて与えることは到底不可能だった。ローラは自分と同じ年頃の少女たちとの交流を持つべきであって、さもなければ、変わり者として育つことになるかもしれなかった。あともうひと押し、ほんの小さな予兆のようなものでもウィローズ夫人の元にもたらされていたなら、きっとその哀れな夫人の目も開かされていたであろう。けれどもウィローズ夫人は、皆から良き忠告を受けたにも関わらず、その忠告が、ほとんどそちらの印象ばかりが強くなるようなお世辞を伴っていたので、シルクとシールスキンの女性たちのティーカップはたっぷりの美味しいクリームでいっぱいになったけれども、その仄めかしの言葉はそのまま無駄になった。なぜなら、ローラは母親が死んだ時、まだ家にいたからである。

"LOLLY WILLOWES "
Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
翻訳 shigeyuki