漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

うつろ舟

2016年06月15日 | 読書録

「うつろ舟」 澁澤龍彦著
福武文庫 福武書店刊

を読む。

 フランスの異端文学の紹介で有名な澁澤龍彦だが、これは日本の伝説に材を採った、自作の小説作品を8編集めた短篇集。澁澤が鎌倉に居を構えていたせいだろうか、8編中3編が鎌倉周辺を題材にしている。
 澁澤らしい、幻想味の強い作品が並んでいるが、どの作品もどこか醒めたような語り口を持っており、通常最も盛り上がるはずの結びの部分で急速に語り手が物語の中から遠ざかる。特に「菊燈台」「髪切り」「うつろ舟」の三編などに顕著で、まるで説話の紹介のようになってしまう。そうした自らの著作物への距離感も、澁澤らしいといえばらしい。個人的には、冒頭の「護法」がいちばん面白く読めた。 
 表題作の「うつろ舟」というのは、UFOに似た物体と、隣に何か匣のようなものを持って立っている女性を描いた絵で有名な、伝説的な舟のことである。マヤ文明の、宇宙船のコックピットに乗った人が彫られているとされた石棺のレリーフと並んで、かつて70年代に日本にオカルトブームが起こった頃から、UFOを描いた絵があるとしてずっと話題になってきている。ネットを回れば、いろいろな仮説を読むことができる。江戸時代に流行った都市伝説的なものではないかというのが大方の意見になりつつあるようだが、マヤのレリーフについてはほぼ見方が定まっていることに対して、こちらはそもそも伝説が元になった絵であることから、はっきりとしたことは分かっていないし、まあ、わかるはずもないことである。ぼくは一番有名な曲亭馬琴がらみの絵しか知らなかったから、少し調べてみて、たくさんのうつろ舟に関する絵が残されていることには驚いた。ぼくはずっと、あの舟はなんだか亀に似ているし、匣というのも玉手箱みたいだし、単に浦島伝説から派生したものなのかなと単純に思っていた(別に浦島がUFOにさらわれたという意味ではなく、浦島伝説があって、その絵を誰かが描いたところ、下手くそなので、亀が亀に見えず、いつのまにかこんな話になってしまったという程度の意味)。だけど、もともと不詳だった、馬琴の資料の中に出てくる「はらどまり村」が、甲賀流忍術を伝える伴家の古文書などと一緒に保管されていた最古の新資料から「どうやら『常陸原舎り濱』(現在の神栖市波崎舎利浜)らしい」とわかったとか、そういう話を聞かされると急に具体性を帯びてきて、興味が出る。そういうことなら、民俗学的に、調べてみて面白そうな題材かもしれない。