コメント
 
 
 
Unknown (玉青)
2009-10-11 09:44:38
shigeyukiさんのアンソロジー、いつも興味深く拝見しています。

ヘンリー・ジェイムズのこの作品は、精神分析的な解釈を容易に許す内容になっていますね。精神分析家としてのフロイトのデビューは、この作品の直前で、その名声が広まるのはもう少し後ですから、その直接的影響はなかったかもしれませんが、ただ、無意識の作用(特に性的抑圧の観念)は、必ずしもフロイトの独創ではなく、当時の尖端的知識人に共有されていた問題意識でもあったようなので、H・ジェイムズはそうした嗜好に沿ってストーリーを練り上げたのではないでしょうか。

話の大元は、マイルズが従者のクイントにしばしば性的誘惑を受けていた(性的外傷体験)ということ。これは万人が感じるところでしょう。

現代の目で見ると、深刻な性的外傷体験をした人は、しばしば解離症状を呈すると言われます(記憶の断絶や、極端な場合には多重人格)。ここが作品の第1のポイントと思えます。マイルズの放校の理由や、屋敷に帰ってからの不自然な行動も、その線で解釈できそうです。

そして第2のポイントが、マイルズ自身が母親(及び、その代理としての家庭教師)に向けた愛情というエディプス的状況。マイルズは自分の大切な女性を2度までも失っていますから、そのことも心の傷となって、彼は非常に複雑な人格を形成するにいたったのでしょう。(彼は「自分が愛する人は皆死ぬ」「そのために自分は恐るべき罰を受ける」と思っているのかもしれません。)

そして、そこに語り部である家庭教師自身の無意識の問題が交錯し、確かにこれは人間の心の秘密というものに肉薄した作品なのだと思います。(ちなみに、霊的体験を多く語る人は、人格に「脆弱」な部分があり、そういう人はマイルズのような少年の世話をするには最も不適だと感じます。)

で、作品の冒頭。家庭教師から手記を託された、もう1人の語り部であるダグラスは、結局マイルズその人だろうと私は思うのですが、どうでしょう。つまり、家庭教師のあまりにも強引な介入によってマイルズの人格は崩壊し、彼は当時の記憶を一切失って、以後はダグラスとして生きた、つまり家庭教師が犯した殺人というのは「魂の殺人」であった…という解釈です。

長々とごめんなさい。
上記はある意味月並みな解釈かもしれませんが、漫然と思うところを記しました。
 
 
 
玉青さんへ (shigeyuki)
2009-10-11 22:03:11
玉青さんへ

 とても興味深いコメント、嬉しいです。もっと話をしたくなりますね。
 
 玉青さんの仰るとおり、この小説が、フロイト風の精神分析による解釈と相性がいいというのは、多くの人が感じることだと思います。むしろそう読まないと、理解できない部分も多いですし、あからさまなほどにその手がかりというか、仄めかしがなされています。(マイルズが放校になったのは、明らかに友人たちを性的に「そそのかした」ためだと読めます)
 
 ただ、そうなるとこの小説には「幽霊は存在しない」という結論となりますね。これはもちろん一つの解釈として、充分に成り立つものですし、そういう解釈も、「ねじが回転」するある地点では成り立つように書かれているはずです。ならば、この小説の中の幽霊の出てくるくだりは、すべて家庭教師の幻覚であるという結論になります。ただ、その場合、最後にマイルズが死ぬのがよく分からなくなる。玉青さんの、ダグラス=マイルズという解釈は、そういう読み方もあったのかと驚かされました。なるほど、それならすっきりと納得できますね。(「信用できない語り手」ものとしては、全てがダグラスの仕掛けた嘘であったという読み方も、もちろん「ねじの回転」するある地点では、解釈が成り立つのかもしれませんね)
 
 でも、ヘンリーの兄のウィリアムが、米国心霊現象研究協会の会長であったことなどから、これは「実際に幽霊はいた」という解釈も、当然出来るわけですよね。するとやはりやはりクイントとジェスルの幽霊となるわけですが、ここで考えてみると、二人の死因ははっきりとしていません。クイントが謎の死を遂げているところを発見されたという記述はあるけれど、ジェスルの方はまったく分からない。あるいは、クイントの死は、ジェスルによる嫉妬による殺人だったと考えてみるなら、最後のくだりは、クイントの乗り移ったマイルズと、ジェスルの乗り移った家庭教師の間で、それをなぞったものであると考えられそうです。あるいは、クイントは家庭教師の、ジェスルはマイルズの、身体を借りていて、その復讐を遂げたとも解釈できるのかもしれません。それなら、どこか男性的な家庭教師と、どこか女性的なマイルズの説明もつくかもしれません。
 もっとも、こうした解釈は、ごく普通の解釈なのでしょうが。
 
 いずれにせよ、官能的な空気感を漂わせながら、「ねじの回転」とともに、あらゆる解釈が浮かび上がってはまた移り変わり、次第に心の奥に刺さって行く、見事に計算された、素晴らしい作品ですね。
 
 
 
Unknown (syna)
2009-10-12 01:26:27
心理的なことはよく分かりませんが(考える気がない)、ぼくは最初から最後までダグラス=マイルズと思って読んでいましたよ~。
 
 
 
synaさんへ (shigeyuki)
2009-10-12 08:20:27
 え、そうですか。さすがですね。僕は全然、それは考えたこともなかった。「ダグラスって、どんな関係の人物なんだろう」とは、ちょっと思ったけれども。確かに、実際に教え子が死んでしまったりしたら、その後も家庭教師の職につけることはないかもしれないですね。
 この小説に、実はいわゆる普通の意味での「幽霊」は存在しなくて、全てが心理的な解釈で説明できるというのは、僕もそう思うのですが、人をそのような状態に追い込んでゆく存在を「幽霊」と捉えるなら、存在しているともいえるわけですね。この場合は、マイルズに影を落とすクイントと、家庭教師に影を落とす、当時の社会背景と雇い主の存在というわけですか。
 
 
 
Unknown (玉青)
2009-10-12 11:24:58
考えているうちに、ねじがギリギリと心に食い込むようです。

サイコロジカルな枠組みで全体をコンパクトに解釈できたにしても、確かにそれで問題が全てが解決するわけではないですね。(精神分析は、ある意味何でも解釈できる―ということは、つまり何も解釈できないツールなのかもしれません。)

で、問題は幽霊。はたして幽霊はいたのか?
はっきりしているのは、あの家庭教師の目には鮮やかに見えたということ。洋の東西を問わず、幽霊は訴えたいことがある人のもとに出るそうですが、この場合はいったい…?

実は幼い兄妹が下手人だった…というオチを考えたのですが、どうでしょう。家庭教師は幽霊と交感するにつれて、徐々に二人の「無垢な邪性」に気付き、幽霊以上に子供たちのことを恐れはじめる。それを自覚せぬまま、家庭教師はついに最後の悲劇へと突き進み…。

まあ、これは小説全体の朦朧とした興趣を殺ぐかもしれず、幽霊による復讐譚という点ではshigeyukiさんの解釈と同工異曲ですけれども、いろいろ想像できるところが、この作品の面白いところですね。
 
 
 
玉青さんへ (shigeyuki)
2009-10-12 18:18:35
なんだか、この小説は解釈する人の深層心理を映し出すようなところがあるのかもしれないですね。

いくら考えても、ちゃんとした結論など出るはずもなく、でもそれが結構楽しいというのは、この作品をダグラスから受け取って公開したという設定の著者、すなわちヘンリー・ジェイムズのほくそ笑む姿が見えるようです。
 
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