柴田典子の終活ブログ「エンディングノート知恵袋」

エンディングデザインコンサルタント柴田典子のブログ。
葬儀に関わらず「賢い老い支度」として終活全般のお話もしています。

ドキドキ  心、震えて

2008年05月13日 | sibatanoriko?

前回、紹介した葬儀専門学校の生徒や、研修先のスタッフ達が
生き生きして見えるのは、自分のやりたいこと見つけたからでしょうね。

まわりを見回しても「やりたい事」が分かっている人って、そういない。

見つけるコツというか、クセというか
分からないのかも・・・。

電車の中で、おばあちゃんに席を譲ろうかな?どうしよう?
そんな迷いってあるでしょう。

いい事なのは分かっていても
声を掛けるのって難しい。

今度、目が合ったら声かけようか、
断られたら、かっこ悪いし、
いいか、もうすぐ私、降りるし

なんてね、心の中で問答繰り返して。

でも、勇気を奮って声かけて
おばあちゃんがお礼を言ってくれたら
心が晴れ晴れするでしょう。

エ~!経験まったく無いの?
今度、一生に一度だけでいいから、こういう時、席、譲ってみて。

心が震えるのが分かるから。

こういう、心が震える、ちょっと勇気が要るけど、いい事を
沢山、経験すると、何がしたいのか分かってくるかも。



私の心が初めて震えた経験を話しましょうか。チョット、変だけど。

私ごとですが、
小さい頃は、赤面対人恐怖症で、人と話も出来なかった。
外で食事もたべられなかった。
無理に食べると、もどしてしまう。
小学校の給食は、ほとんど食べてない。

家で、家族となら話せるし、食べれる。
でも外では、家族がいても、ダメ。
小学校の低学年の時は先生に話しかけられるだけで泣いてた。

母が、心配してお医者様と相談して
精神安定剤を貰っていた。
小学校5年くらいから。

でも、今では大勢の人の前でも、ぜんぜん上がらない。
自分でも、不思議なくらい。

今、思い返してみると
私は、自分に自信が無かった・・・と思う。
誰かに、何かを言われたらどうしよう。  そればっかりだったかな。
すぐにドキドキしていた。

そんな自分が変われた、大きな転機はって言うと
心が震えた、いい事って
多分受験勉強だったと思う。それも中学受験。

小学校4年から家庭教師がついた(この頃、塾は無かったんですよ!)
両親は、ただ、学校の勉強を見てもらおうと思っただけ。
受験なんて考えてなかった。
週に2回位で2時間くらいと、軽い気持ちだったと思う。


でも、お願いした先生が悪かった。
おっかない、年寄りの先生(今、思えば55才位)で、時間をもてあましていた人
教え子から東大生を出すのが夢。

私と、弟、妹と3人を並べ、午後5時頃から家に来て、先ず勉強。
夕食を家族と食べ1時間休憩。
その後、年の順に勉強は終わり、最後は11時頃まで勉強。
その先生は終電で帰っていく。
それを、なんと362日。お正月3ヶ日は休み、で3年間。
(私は小学校終了と共に終わり、弟、妹も小学校卒業まで)

誤解の無いように。別に家が裕福だった訳ではないのです。
先生が勝手に、毎日来ちゃう。
初めの頃は、両親も訳が分からず、
日曜の朝、一家で寝坊をしていると、そこに突然現れる!
慌てふためいて、急いで勉強の仕度をする。
こんな具合。

それがまた、すごく怖い。大声で怒る。頭は叩かれる。
テーブルもバンバン叩く。
一度、紙の下に10円玉があって、そこの上を何度も叩いたので、
テーブルに10円玉の跡がクッキリ。スパルタそのもの。

おとなしい私達兄弟は、されるがまま、勉強を続けていたけど、
私は、心の中でいつも吠えていた。
「コレは本当の勉強じゃない!! 勉強はもっと楽しくするものだ!!!」

ある日、事件が起きた。
弟が、言われた勉強をしていなくて、怒られている。
泣きながら、やろうとする弟の勉強道具を取り上げて、「やらなくていい」と先生が言った瞬間、おとなしい私がキレタ。

「先生!、やらなかったのは弟が悪いけど、謝って、やろうとしてるじゃない。
何で、そんなことするのヨー」
すごい勢いで、言いそうも無い子がいったので、先生ビックリして、さらに怒って帰っちゃった。

私達兄弟は大喜びだったけど、母親が部屋に飛び込んできて
「先生、すごい顔で帰っちゃたけど、何があったの?」
訳を話したら、怒られなかった。

「もう先生、来ないね。良かったね」と兄弟で話してたら、次の日、ちゃんと来た

この戦いで3年間。すっかり勉強が嫌いになりました。
この間に私が少しずつ、変わってきたと思う。
ドキドキしながらだけど、自分の考えを言った。(イヤミくらいだったのかな?)

結果は、誰も東大にいけなかったし、エリートの道も歩まなかった。
素材が大したこと無いのに、押し付けた勉強では無理です。

でも、そこそこの学校に進学は出来た。
そこでも、勉強大嫌いだから、学ばずに8年間すごしてしまった。

でもね、その後、自分が学びたいと思った事は、とても楽しく勉強できました。
やっぱり、楽しい学びでないと、身につかない。

この受験勉強で、自分に自信がつたのは間違いない。
この苦しみに耐えた。言うべき事はいったほうがいいって気がついた。
ドキドキするけど、自分の意見を言えた時は、確かに心が震えた。
それも、自分や他の人を守る為の発言や行動には、心が震えましたね。

ちっちゃな、身勝手な正義だったのかもしれないけど。




私の心の震えは、変な例えですが、参考にしてください。

ならないか!




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2 コメント

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びっくり・・・・ (バンビーノ)
2008-05-13 13:28:39
驚きました。
私も実は、とってもおとなしい、いるかいないかわからないような、影の薄い子供だったのです。
だから、何十年かぶりにあったりすると、皆びっくりするのです。
この人は誰!みたいな感じ・・・

でも、柴田さんがそんなだったなんて、驚きです。
とても・・・

見えません・・・(*_*)

ちなみに私 席を譲ったり、手を貸したりするのにはためらいもなく、出来るのですが
後から冷静になったときに、恥ずかしくなるのですが・・・
おかしな人間です。
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想像できないっ!!! (ポンポンダリア)
2008-05-13 20:03:24
ええ~~?柴田さん、おとなしかったんですかあ?

心が震えるほど、か弱かったんですかあ?

ウーン、女って変わるものなのね。


でも、ポンポンダリアは、今の柴田さん、好きですよお。
ハンサムな彼女ってことばがあるそうですが、
そんな感じですもん。

ていうか、
今でも、私たちのために戦うときは、
柴田さんの心は、実は震えているんですね。きっと。


胸キュン







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