賞味期限一年。

文字通り一年周期で変わるあるジャンルのものを扱ったSSを扱っています。

あるサムライの話

2013-11-26 12:44:25 | 侍SS
あるサムライの話

 家を出て一年。決して短い時間ではなかったはずなのに、何も変わっていなかった。
「まあ、我が家はそうだろうとは思ったが」
 池波流ノ介は苦笑した。
 代々志葉家のサムライであり、なおかつ歌舞伎の一門でもある池波家は、常に伝統にのっとって生活しているのだから当然といえば当然だ。
「ただいま帰りました」
「うん」
 正座して帰宅を告げても、父は静かにそう答えただけだった。そういうところも、家を出る前から何も変わらない。だが、それがむしろ流ノ介には嬉しかった。戦いから解放されて日常に戻ったという感じがしたからだった。知らず笑みが浮かんでいたのだろう。父は訝しげに流ノ介の顔を見た。
「何だ、にやにやして」
「何でもありません」
「そうか」
「荷物を整理してまいります。あとで稽古をつけてください」
「わかった」
「では」
「流ノ介」
 立ち上がりかけた流ノ介に父は声をかけた。
「はい」
「……姫はどうであった」
 その言葉に、日常に戻りかけた流ノ介の気持ちは、急にあの日々に立ち戻った。
 そして思った。父の中ではまだ終わっていないのだ。主君を失い、仲間を失い、折神を息子に譲り……それでも封印できなかった過去。それを思うと流ノ介は苦しかった。
「ご立派でした。年端もゆかぬのにモヂカラだけでなく人格も優れて……」
「そうか」
「封印の文字をドウコクに破られたことから、丈瑠様に後を譲ってご隠居されましたが、あの方はこれからも志葉の家には必要な方です」
「そうだな。落ち着いたらご隠居先に訪ねるとしよう」
「はい」
「もういいぞ」
「……」
 流ノ介はいきなり父の足元にひれ伏した。
「どうした」
 そのままそこを動かない流ノ介に父は聞いた。
「お許しください!」
「何だ」
「あなたは私に常々言っておられました。『サムライに二心あってはならない。常に志葉家のためにのみ捧げよ』と。私はその教えを守ろうとしました」
「……うん」
「ですが、守りきれなかった。私は……私の殿は志葉丈瑠……だったから」
「……仕方ない。お前は何も知らなかったのだから」
「そうです。ですが、知った後でも私の気持ちは変わらなかった」
「流ノ介」
「父さん。あなたは知っていたでしょう。知っていて、ふたりの主君に仕えた」
「……」
「あなたにとって、どちらが『殿』だったのですか」

池波は思い出していた。『影』……丈瑠の父と別れた時のことを。あの日、彼は静かに皆に告げた。
『私は、これから元の『影』に戻る』
『……』
『本家が、封印の文字を使うと聞いた。皆、本家を守りに行って欲しい』
『ですが』
『封印の文字はまだ……不完全だ。それが何を意味するかわかっているだろう』
 封印できても、恐らく、本家は自らの命を失うだろう。不完全な封印はやがては解ける。
 それはすなわち、次代が育つ前にドウコクが復活するかもしれないということだ。
『……』
『私は守らなければならない。次代をつなぐ次の『影』を。我が息子、丈瑠を』
 それは父親自ら自分の息子にもまた絶望的な戦いを強いるということだった。丈瑠はあくまで『影』。封印の文字を持たない彼は、ドウコクと相対すれば命を失うしかない。

「私の殿は……先代の十七代目。薫様の父上だ」
「……」
「封印の文字も不完全なまま、次代をつなぐために命を賭けた。志葉の家を背負っているとはいえ、身を捧げることは誰にでもできることではない。殿の存在は私の中で替わる者がないものなのだ」
「……はい」
「だが、それだけで片付けられないものもある」
「父さん」

 それでも動けないでいた池波たちに、黒子のひとりが言った。
『早く行けよ!手遅れになる。せめて姫だけでも守らないと』
『えっ』
『あんたらの殿は本家の殿だろ。救わなくてどうするんだ』
『しかし……』
『俺の殿は、若を……丈瑠を守りに行ったあの殿だ!本当は俺だってあっちを守りたい。だけど、本家を守りに行く。殿がそう望んだからだ。頼むから俺たちの気持ちを無駄にしないでくれ!』

「一緒に戦って、ともに過ごした。何もないということはない。たとえ志葉の一族の歴史には残らなくても、私たちの中には彼は永遠に残る」
「……」
「あの『殿』も、やはり私たちの殿だったのだ」
「はい」
「十八代目の薫姫と十九代目の丈瑠殿……お前たちはどちらも失わないですんだ。大事にしなさい」
「はいっ」
「サムライとしても、役者としても、お前はまだまだ修行が足りん。この家に帰ってきたからには、一からやり直させるから覚悟するのだな」
「元より承知!」
「ではもう行け」
「はいっ」

 守れなかったふたりの主君。残されたそれぞれの子どもたちを、流ノ介たちが守ってくれた。そのことでこの世は救われ、丈瑠が薫姫の養子に入ることで、志葉の光と影の流れがひとつとなって、お家も安泰となったのだった。
 失った者は帰らないし、時間も元には戻らないが、それでもわずかに痛みは薄らいでいった。
「ありがとう……息子よ」
 去っていく流ノ介の背中に父は小さくつぶやいた。



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1 コメント

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Unknown (南 ユキ)
2013-12-22 22:20:20
素敵なお話をありがとうございます。侍SS沢山読ませていただきました。
こちらを教えていただき、本当に嬉しかったです。
書かれている方のは、だいたい読み尽くしたと思っていただけに、新たな話を沢山読めて、幸せでした。
また、お邪魔させて頂きますね。
私も、今年中にあと1回は更新する予定ではありますので、また遊びに来て頂けると嬉しいです。

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