賞味期限一年。

文字通り一年周期で変わるあるジャンルのものを扱ったSSを扱っています。

月下に舞う

2010-03-27 01:45:46 | 侍SS
 志葉家の庭園の奥。池のほとり。
 流ノ介はいつもの夜の稽古に励んでいた。
 まばゆい月明かり。
 それよりも、もっとまばゆかった主の姿。
「やはり、私の思いは間違っていなかった」
 あの時、あの朔太郎という男に語った自分の心。
『命を賭けてお仕えできると、そう決めたのは、親ではない、自分自身です!』
 流ノ介を信じて、その気持ちをくんで、丈瑠は、戦いの最中だというのにかつての友の元へ行かせてくれた。
 そのおかげで、流ノ介はかつての自分も、今の自分も取り戻すことができたのだ。
「殿……」
 ゆっくりと、シンケンマルを手にしたまま舞い始める。
 それは、父である師匠に教わった舞ではない。友と競った舞でもない。自分自身の舞。心にわきあがる抑えきれないものを、舞によって表現する。
 誰に見せるものでもない。ほめてもらおうなどという欲もない。ただ無心に。
 聞こえるのは、凛とした空気に静かに響く鈴のような虫の声音だけ。
 どれほど時間がたったろうか。舞を終えてふとわれにかえった流ノ介は、すぐそばに何者かの気配を感じて振り返った。
「何者だっ」
 シンケンマルを持ち直し身構えると、影の主は、木の後ろから月明かりの下に出てきた。
「いいものだな……剣舞というのも」
 そこにいたのは、丈瑠だった。
「殿……これは……お粗末なものを」
 流ノ介はその場に平伏した。
「顔をあげろ。俺は、ほめているんだぞ」
「殿……」
「この屋敷の奥に祠があって、そのそばに舞台があった。今は朽ちかけているが」
「……は」
「その昔、アヤカシと戦った後に舞を奉納した家臣がいたそうだ。その舞が素晴らしく、志葉の当主は褒美として屋敷に小さい舞台をしつらえた。いつでも舞えるようにと」
「……そんなことが……」
「その家臣、というのが、池波の父祖となる者だ。まあ、つまりは、お前から舞を取り上げるなど、そもそもできないことだったということなのだろう」
「殿、ですが」
「俺は、志葉の当主として生きるためにすべてをかなぐり捨ててきた。だが……お前達にもそれを強いるのは、間違っていたのかもしれん」
「いいえ」
「流ノ介……」
「それは確かに……辛くないといえば嘘になります。ですが、殿は間違ってはおりません。外道衆を倒すには……」
「今日、お前は守るべきもののために戦った」
「殿」
「戦うことが目的の人生を生きるのは、俺だけで充分だ」
「…………」
「祠の舞台を修繕させよう。茉子や千明、ことはにもお前の舞を見せてやろう」
「いいえ。私は、もう人前では舞いません」
「流ノ介」
「次に私が殿の前で舞う時、それは――――ドウコクを打ち負かした時です」
「……」
「ドウコクに勝利し、美酒に酔うあなたを祝うためなら、私はいくらでも舞いましょう」
「そうか……」
「はい」
「その日を、楽しみにしている」
「はい」
「ならば早く寝ろ。明日も早い」
「はい」
 主従を照らす月は、いにしえのその日もそうであったように蒼く美しかった。


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1 コメント

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柴犬さま・・・てば! (teddy)
2010-03-28 20:39:33
冒頭に、あんなこと書いてあった所為で! 吹き出しそうになりましたv

・・・この場合、どちらに苦笑すべきでしょうか? 柴犬さまに?? 自分に(爆) 
自分は殿を中心に皆で楽しく♪ していてくれると嬉しいです。
剣舞!! 殿にも踊って頂き・・・って、ダメですかね??

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