まさかの無関心が予言する、マスメディアの未来

2014年08月09日 | Weblog
▼ぼくは8月10日の日曜から海外出張に出ます。
 この頃は、日帰りアメリカ出張といったことも少なくありません。つまり現地滞在3時間ぐらいだったりします。
 今回は違います。日本のお正月と旧盆は、ぼくにとって海外出張の貴重なチャンスです。国際社会では、1月は、早い人なら元日の夜から、ふつうでも正月2日から働いています。長いクリスマス休暇が、1月になることによって終わっていますから。
 旧盆はもちろん、たとえば欧米にはありません。ただし彼らの長~いサマー・バケーションにぶつかりますから、1月よりは会えない人が多いですね。


▼話を戻すと、今回は日帰りではありませぬから、8月13日の「水曜アンカー」(関西テレビ)と14日の「ザ・ボイス木曜版」(ニッポン放送)に、ぼくは居ません。
 13日水曜朝のRKB毎日放送ラジオだけは、海外出張先と電話で繋いで、参加する予定です。


▼8月15日、敗戦の日をめぐる発信は、独研(独立総合研究所)が自主開催している独立講演会(ここです。申し込みの〆切まで2日を切りました)や、新刊の「死ぬ理由、生きる理由  英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、例えばここです)を通じて、行います。

 もしよろしければ、想像外のロングセラーになっている「ぼくらの祖国」(扶桑社、例えばここです)と合わせて、敗戦から70年が近づく日本がこれから生きる道を考える、ひとつのきっかけになさってください。


▼いちばん最近の「水曜アンカー」では、朝日新聞のいわゆる慰安婦報道をめぐる奇怪な「一部記事取り消し」も取りあげました。
「青山のニュースDEズバリ」のコーナーだけではなく、関テレ報道部の志で、トップニュースとして真正面から扱ったのです。
 この『朝日新聞事件』は、日本のマスメディアのあり方を変える、極めて大きな影響を長い期間にわたって及ぼしていくでしょう。

 しかし、放送してみて分かった「まさか」も、ありました。
 水曜アンカーの生放送の時間、すなわち午後5時前から6時前のあいだに自宅に居て視てらっしゃる高齢者の方々は、この『朝日新聞事件』に、ほとんど関心が無いといっても誇張ではないほどでした。
 一方で、Eメールやブログへの書き込みといったネットに表れる反応は凄まじかった。
 すなわち、水曜アンカーで申せば、録画しておいて会社や学校から帰った夜に視ている視聴者・国民の関心は、対照的に非常に高かったのです。

 これは、ずっと申してきた「リアルな調査統計を取るべきだ」ということの典型例です。
 それと同時に、朝日新聞をはじめ既得権益に甘えてきた日本のマスメディアにとって、決定的な時代が始まったことを意味しています。


▼働き盛りや若い世代で、これから朝日新聞にお金を出して購読しようとする人が、果たしてどれだけ居るでしょうか。
 この事件を契機に、確実に減っていくでしょう。
 ほんとうは既に、朝日新聞の有償購読者は、長い坂を落ちていくように減っています。
 それが決定的に加速するでしょう。
 残るのは、高齢者のうち、上記のように今回の大事件に関心をお持ちでない方だけです。
 もちろん、高齢者のなかでも、朝日新聞事件に関心を持たれた方からは、購読中止も出るでしょう。

 つまり、もはや朝日新聞には未来がありません。


▼そしてこれは、朝日新聞だけの問題にはとどまらないでしょう。
 新聞というものは、病的な虚言癖が疑われる人物(慰安婦問題をめぐっては吉田清治氏)のただのヨタ話を、裏付けも取らずに、祖国を貶めたいという病んだ目的のために報道し、その記事の「一部削除」なる半端なものを32年間もあとにやるメディアだという誤解を、確実に、若い世代を中心に広げるでしょう。

 これほどに影響の大きな事件は、世界のメディア史を見ても、稀です。


▼もうひとつ、わたしたちが共に考えたいのは、今回の朝日新聞にみられるような卑怯な生き方こそ、日本の知識人にみられる生き方だということです。
 敗戦後だけの問題ではないが、永い歴史でたった一度だけ負けてから、余計にその傾向が強まったと考えています。

 知性とは、何か。
 おのれだけは常に安全圏に置くための道具にしてはなりません。

 いちばん最近のザ・ボイスでも申しましたように、ここを根本として、一緒に考えませんか。
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