逝去のお知らせ その後

2011年06月17日 | Weblog
 通夜と告別式の日時、場所について、すくなからずお問い合わせをいただいています。
 哀悼を表されるお気持ちを、故人のために、こころからありがたく思います。
 ただ、決して無理をなさって参列されることのなきよう、伏してお願い申しあげます。



(以下とほぼ同じ内容が、独研の公式HPにも掲載されます)

訃報

 2011年6月16日月曜午前8時ちょうど、独立総合研究所・代表取締役社長の青山繁晴の義母、取締役自然科学部長(兼・総務部長代理)の青山千春博士の母である横川和子(よこかわ・かずこ、元NHK交響楽団ピアニスト))が心不全のため、東京都杉並区の浴風会病院にて死去いたしました。
 1924年、大正13年12月26日生まれの86歳。
 東京都豊島区出身。

 通夜は6月21日火曜午後6時から、告別式は6月22日水曜午前10時から、いずれも東京都品川区西五反田5の32の20桐ヶ谷斎場にて。
 喪主は青山繁晴(あおやま・しげはる)が務めます。 





*嘘をつくことは考えもしないほどに正直で、謙虚な人柄のままに、清廉な生き方、暮らしぶりを最期まで貫きました。

 夫(青山千春博士の父)の横川秀男さんもNHK交響楽団に属し、戦前は帝国海軍軍楽隊として重巡洋艦「足柄」に乗艦していたトランペッターでありました。
「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝レオ」のテーマ曲の高らかなトランペットの音を残した夫と共に、演奏活動を展開し、NHKラジオでの子供番組で生演奏を行い、優しい音色で好評を博しました。

 青山千春博士は一人娘として、よく看病を尽くし、何度も何度も生命の危機から救い出したのでしたが、最期は医師団にとっても思いがけなく狭心症によるとみられる心停止に至りました。

 わたしも共同通信の記者時代に、一緒にシンガポールに旅行したのが、いちばんの思い出です。なぜなら、横川秀男さんの魂は、青山千春博士によると、帝国海軍の戦友たちの眠るシンガポールにあるからです。

                              青山繁晴 拝 出張先の新幹線車中にて
                              2011年6月17日金曜午後5時 記


 写真は、4月7日の木曜に、浴風会病院の広大な庭で、お義母さんに桜を観てもらったときの一枚です。

 母と娘が一緒に映る、最期の写真になってしまいました。
 そのときには、まさかそんなことは考えもしませんでした。
 青山千春博士は、きのう6月16日の朝、まだ温かいお母さんの手を取って、さすって、さすって、「もう一度、ピアノを弾こうねって、言っていたのにね。ごめんね、ごめんね」と話しかけ続けていました。

 ごめんね、なんて、ことはありませぬ。
 もう心停止しているはずのお母さんの目尻から、不思議な涙がなんすじも、流れました。

 うしろにいるぼくには、娘への深い感謝の涙にみえました。 
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