父とぼく

2012年04月29日 | Weblog


▼いまは4月29日日曜の午前4時28分。
 きのうの書き込みから、丸一日ほどが経ちました。
 そして今日は、昭和天皇のお生まれになった日です。

 きのうの第5回独立講演会(神戸)は、たくさんのかたが詰めかけてくださり、なかにはフランスのリヨンから、あるいは東京から、横浜から、広島からと、神戸・大阪以外にも遠くからわざわざ来てくださいました。

 ぼくは、思いがけず4月28日土曜の午前から、急激に体調が悪くなりました。
 去年2月のガン手術の直後とか、ガンの後の腸閉塞で死に直面したときとか、講演会のまえに極端に体調が悪かったことはありましたが、このように、何気ない日常のなかで体調不良を起こして、そのまま講演に臨むのは初めてでした。

 なんとか立て直そうとシャワーを浴びて、髪もまだ乾かないうちに独立講演会の会場に入りましたが、多くのかたが、ぼくの顔色の悪さをありのままに感じておられたようで、みなさん、なんというか、さすがですね。

 講演を始めてから、突然、女性のかたから「腰は大丈夫ですか」と聞かれました。
 そのときは、腰はまったく問題がなく、はてな?という感じだったのです。
 ぼくはスキーのジャンプで墜落して、左腰の骨(腰椎横突起)を5本全部、引きちぎるように骨折してから、まだそう何年も経っていません。しかし後遺症はないのです。ぼくの身体をケアしてくれる鍼灸(しんきゅう)師は「分厚い筋肉がトレーニングで腰に付いてるから、後遺症が起きていない」という診断です。
 だから、この女性のかたから腰の心配を聞かれたときも、不思議に思いつつ「大丈夫ですよ」と応えたのですが、それからしばらくして実際に腰が痛み出したのです。

 体調が悪いと、身体を支える腰や足に、微妙な変化が出るのでしょうね、これまで経験しなかったタイプの腰の痛みでした。
 いつものように、5時間強(午後1時すぎから午後6時15分ぐらい?)を立ったまま講演し、ご質問に答えていったのですが、後半には、珍しく立っているのが苦痛になっていました。
 心残りは、そのために、最後にみなさんにしっかりと頭を下げてお礼できなかったことです。腰が深くは曲がってくれませんでした。
 あの女性のかたの直感は凄いですね。
 そして5時間強を、ただひとりも居眠りなさらず、どんどん手を挙げて質問してくださった参加者のみなさん、みなさんは凄いです。

 講演が終わり、みなさんひとりひとりとの握手、たまにはハグ、それも終わり、さぁホテルに帰ろうとなったとき、どっと疲労が噴き出し、ホテルに着くと、ぶっ倒れて眠りました。それが午後7時前後だったでしょうか。高熱で汗びっしょりでした。
 そして午後9時過ぎに目が覚めたときには、もう7割方、回復していました。
 熱もかなり下がり、うどんを食べることができて、ホテルからもらった薬を飲みました。

 そのあと再び、眠り、今はもうほとんど問題ありません。独研(独立総合研究所)から会員制で配信している東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)の執筆に戻っています。
 講演中から、両足の土踏まずが痛み出したのも驚きでした。にんげんの身体って、面白いですね。全体のバランスがわずかに崩れていたのでしょう。
 その両足も、すっかり回復しています。
 身体の回復力は健在のようです。


▼今回の独立講演会のなかでは、拉致被害者の奪還に、長年取り組んできた良心派の情報当局者が、非常に厳しい、辛い見方をしていることを、あえて初めて紹介しました。
 しかし講演でお話ししたように、ぼくの見方は違います。
 長年、フェアに意見を戦わせて、その良心を信頼する相手であっても、意見の違いはあります。

 独立講演会にいらっしゃるかたがたは、みずから目を覚ましているかたがたです。
 意識の高いみんなだからこそ、楽観論や理想論に逃げることなく、厳しい現実と真正面から向かいあって、拉致被害者をひとり残らず取り返すということを、いちばん、伝えたかった。

 みなさん、ありがとうございました、こころの底から、ありがとうございました。
 みなさんがどれほど拉致被害者とそのご家族の苦しみを、我が事として捉えているか、それがぼくに深く伝わりました。
 それが日本国民にある限り、希望は途切れません。


▼さぁ、夜が明けてきました。
 写真は、ゆうべの夜景の神戸港の、きょうは夜明けです。

 このあと兵庫県加西市に向かって、講演です。
 ぼくには、ふるさとが3つあります。
 ひとつは、生まれた神戸ですね。

 ぼくの父は、繊維会社の経営者の8番目の子、末っ子でした。
 その繊維会社の神戸支店にいたとき、ぼくが生まれました。父のお兄さんがたが、落馬で亡くなったり、当時はまだ珍しかったオートバイに乗っていて川に転落して亡くなったり、次から次へと亡くなって、末弟の父に突然、社長に就任するという重い責任が回ってきたそうです。
 そこで父は、繊維会社のある兵庫県加西郡(現・加西市)に戻り、ぼくたち家族も神戸から引っ越しました。
 この加西市が、ふたつ目のふるさとです。

 ぼくはその加西市から、姫路市の淳心学院中・高等学校にバスで通いました。だから姫路市が、みっつ目のふるさとです。

 今日は、ふたつ目のふるさとで講演するわけです。
 講演のまえには久しぶりに、父のお墓参りにも行ってきます。

 父には申し訳ないけど、父の遺髪をぼくは仕事部屋に置き、水を捧げています。
 硫黄島の英霊のかたがたや白梅の少女たちに水を捧げるとき、最初に父とご先祖さまに捧げているのです。
 そのために父は、ふるさとならざる地にとどまっているのではないかと心配していたのですが、去年、この加西市で講演したとき、舞台で話しているぼくの傍らに父が来ているのをありありと感じました。

 あぁ、ちゃんと青山家のお墓にいるんだなと、安心したのでした。
ジャンル:
ウェブログ
Comments (57)   この記事についてブログを書く
« 奇跡の17年 | TOP | 日本はどこにも必ず良心派がいる »
最近の画像もっと見る

57 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (日本大好き)
2012-04-29 07:18:05
青山さん、おはようございます。
今日は昭和の日。昭和天皇の逸話(陛下に対して使用する言葉をあまり知らないのでこれが正しいかわかりませんが)で、ある汚職の閣僚の起訴処分の御裁可(判子)をされたときに当時の陛下が「私が悪いのだよ」といわれたそうです。歴代天皇のいくつかの文章(原文)を眺めていてもそういう「朕が罪なれば」といったものがあります。今日はそういった御方の日です。なるほど戦後体制の幻想が続くある種どうしようもない現状の祖国ですが、御皇室の存在に拙いながらも感謝をして、氏神様のお参りとちょっくら青山さんとは違う講演会へ行ってまいります。いやさか~~!
日本海呼称問題の行方 (チョコビ)
2012-04-29 11:14:37
青山繁子ちゃんの写真、可愛いですね。
つぶらな瞳に青山さんへの信頼が溢れているのを感じます。

福岡に住んでいる20代のOLです。
青山さんの事は、昨年末に『ぼくらの祖国』を読んで初めて知りました。
TVタックルは時々しか見ていなかったので、
青山さんがご出演されていることは知りませんでした。
今は毎週見ています。
メタンハイドレート実用化についてもっと聞きたかったのに、
猪瀬副知事に話をさえぎられて残念でした。
あの番組はバラエティなので仕方がない部分はあるのでしょうが、
それにしても「青山さんはメタンバイドレートが好きだからね」という一言には納得がいきません。
好きとか嫌いとかいう問題ですか。違いますよね。
日本が国産の資源を持てば、どれほど国力が高まる事でしょう。
東京都副知事の立場の人が、「一日でも早く実用化してほしい」と言うならともかく、
すぐに実用化は無理だから~と流すなんて、呆れてしまいました。
ニッポン放送の「ザ・ボイス そこまで言うか!」も欠かさず聴いています。
ラジオの方が詳しいお話が聴けて、テレビよりも好きです。

私が最近、とても心配な事は、韓国が日本海を「東海」と書き換えようとしている行動です。
韓国人は、日帝支配の結果、日本海の呼称が定着したと主張していますが、
これは明らかな嘘ですよね。誰でも調べればすぐに嘘だと分かるのに、堂々と主張しています。
私は福岡に住んでいるので、韓国からの観光客をよく見かけます。
彼らは、独島・東海の垂れ幕を持ってきて、その下で写真を撮り、
勝手に公共の場所にポスターを貼っていくのです(もちろん違法です)。
こういう行動を見ると、韓流ブームなどとメディアが宣伝しても、
私が韓国に親近感を持つことは無いだろうという気になります。
メディアは韓国に都合の悪いことは報道しませんよね。それが不思議で仕方がありません。
先日閉会した IHO総会で、韓国誌は「日本の主張を受け入れた国は無かった。韓国側の勝利」と報道していますが、
実際はどういう結果になったのでしょうか?
5年後の総会に結果が持ち越され、韓国にロビー活動という買収の猶予期間が与えられたという事でしょうか?
ぜひこの件について詳しく聞かせてください。
お体に気を付けてくださいね。
いつか福岡にもサイン会に来てほしいです。
昨日の独立講演会お疲れさまでした。 (常次 真司)
2012-04-29 13:10:39
体調が思わしくない中、5時間以上にも渡る講演会、大変お疲れ様でした。
神戸ということもあり、私の住んでいる岡山から近いので参加したかったのですが、私自身パソコンを持っていないが為に参加できず、残念に思っております。
そして今日はさらに岡山寄りの加西市で講演会をされると聞き、是非参加したかったのですが、Googleで検索しても引っ掛からず、断念した次第です。
今月は京都のサイン会で青山さんにお会いできたので、また近々お会いできると信じています。
お身体には、お気をつけてください。青山さんは我が祖国にとって、かけがえのない方だと私は勝手に思っておりますし、私自身の心の支えになっています。青山さんを知らなかったら、祖国の事に関して、ここまで深く関心を持たなかったかもしれません。青山さんの好きな言葉ではないのはわかっていますが、どうかご自愛なさってください。
大丈夫ですか?! (lily)
2012-04-29 13:18:17
青山様

なるべく書き込みを控えようと思っていましたが、またつい「コメントをする」をポチっとしてしまいました…。
お体、大丈夫ですか?あれだけお忙しくされてる青山さん。倒れない方が不思議です。本心はもっともっと多く活躍をしていただきたいですが、青山さんのファンとしてはご静養をしていただきたいです。
世間は連休の人が多い今、青山さんのことなのでお休みなく活躍されているのだとは思いますが、少しは休養されて下さいね。青山さんにはもっともっと日本が甦るよう喝を入れ、教えていただきたいことが沢山ありますから。

私も神戸出身です。(京都のサイン会で、神戸出身で結婚して京都に来たと言いました。青山さんの京都時代の近所に住んでいます)神戸の甦りのパワーはすごいものがあります。今は世界に誇れる都市に甦りました。阪神大震災当時は私は幼かったので、復興に携われる力はありませんでしたが、がんばろう神戸!を合言葉に復興に力を注がれた方に感謝と尊敬しかありません。
私も大好きなふるさとです。
東北のものとは種類や規模や傷は違いますが、心から復興を祈願してやみません。今の神戸を見て、これだけ復興できるのだと少しでも力の足しにしてもらえたらと思います。

神戸からも拉致被害者は出ています。日本国からそういった突然さらわれると言った悲しい思いをする人がゼロになるよう、また自然災害で傷ついた人の傷が癒えるよう、原子力の人災でふるさとがなくなってしまった方の失望が少しでも取り戻せるよう、日本国民が団結して解決できればと思います。
今こそ祖国が強くなる時なのだと思います。

話が逸れてしまいましたが、青山さんのお体がとても心配です。どうかご自愛くださいませ。
コメントをすることによってチェックのお手間を取らせてしまい、すみません。

追伸。今日の「たかじんのNOマネー」にて千春博士が出演されていて、とても嬉しかったです☆

残念 (Unknown)
2012-04-29 14:03:59
青山さん加西市へ来られてたんですね。

地元です

講演会知りませんでした、クローズドなんでしょうか?市民会館に問い合わせたら招待された方のみとの事なので、また機会が有れば別の講演会にお邪魔致します。
あと体調大丈夫ですか?
慈愛されないのは知って居ますが、『禊ぎの呼吸』等されて見ては如何でしょうか?気海丹田(恥骨のちょっと上辺り)に一点集中して、身体をリラックスさせて、大きな深呼吸を繰り返します。
神道は基より禅や気功、合気道や古武道などでも共通で身体を復活させる秘法です。
青山さんには合っている様な気がしまして…。

後、様々な心身の病を患っている人にも知って戴ければ…。

私も体調不良で薬も効かなかったんですが呼吸法で元気になってきました。

改めて日本って凄いな深いなって感じました。
先人の知恵と知識を大事にしなければと痛感しました。




姫路の思い出 (ダンブル)
2012-04-29 17:52:24
青山さん。こんにちは。

お体、大事が無くてなによりです。
人間、いざという時の回復力は凄いものがありますよね。
僕も一人で海外旅行中に体調を崩した事がありますが「絶対に今日中に治す!」と強く念じて、数時間の睡眠で超回復した覚えがあります。

因に僕は姫路市出身なので、青山さんに勝手に親近感を感じています。
加西市へは、今もあるのか「加西フラワーセンター」に小学校のバス遠足で行った覚えがあります。
姫路の手柄山にある大東亜戦争の慰霊碑にも幼い頃、何度か行きました。当時は「変わった形の塔のある場所」というような印象しかなかったと思います。
今では、青山さんのお話や、自分で調べてみたことをきっかけに、日本のために、家族のために命を懸けた先輩方、将来の夢や希望を叶えられぬまま殺された人々の思いを、どう受け止めて行くべきか、自問自答しています。



今日は温かかったですね。 (白鳥 卓也)
2012-04-29 20:27:19
今日も1日終わりましたね。お疲れ様です。

世間はゴールデンウイークですが、僕も基本的に休みなく、明日以降もひたすら新聞を配り続ける単調にして二度と来ない1日をひたすら生きていく次第だと思っています。

前々から思いますが、青山さんのブログに来られる方は本当に素晴らしいですね。自分のまわりにもこんな方々がいたら、毎日はどれだけ違うのだろうかと思ってしまいます。

今の職場に来て25日になりますが、僕自身にも大きな問題があるのかもしれませんが、あいさつをしても返って来ないと、やっぱり悲しいですね。バイクを運転して新聞を配っていると対向車が細い道を来ることがあるのですが、

明らかに自分の存在はないように、平気で車を至近距離まで寄せてくる人が多いような気がします。道の幅には余裕があるのに、自分は道の真ん中を走ってよける気がないのです。

そういうことはもうわかりきっているので、接触されたくないから、端によって停車することも多いですが、なんだか自分の存在は本当に取るに足らない価値ないものに思えて仕方なくなります。

やはり、無能だから社会的に見れば底辺の人間だからいけないのかと思ってしまいます。

自分は競争社会で負けた人間なのだと、だから、そこからどうするか、勝ちたいのならば自分が人の真似できないことをできるような人間になれるよう努力することなのか、そんなことを時に考えたりします。

しかし、僕は人を蹴落としてまで人の上だとか優位に立ちたいとか、そういう気持ちにはとてもなれないので、人にも自分にも甘い人間です。心も折れやすいので、怠けないように自分を叱咤激励して、なるべく自分が楽じゃない方の道を選ぶように心がけています。

淡々と毎日は流れていきますね。僕は僕にできることを頑張っていこうと思います。

青山さんのことはずっと応援していますからね。僕は自分を脱していないのだと思います。

青山さんのように自分を脱することができたらばと思います。

新聞配達員 白鳥 卓也
お疲れさまです (二代目 びりけん)
2012-04-29 21:35:07
青山さんの回復力には、脱帽です。御自身の気力もさることながら…他力も応援なさっていますよね♪
日本の為に世界の為にも御自愛なさって下さい。
青山さんの御自身だけの御身体では、もう無いのですから、生意気な事を言いましたが、御許しを
今日は、昭和の日でしたので、前から行きたかった
皇居へ…東御苑ですけど…出かけて、広大な芝生…
あそこで、大嘗祭が行われたと案内のパンフレットで知りました。その後は靖国神社へ参りました[青本持参で] 九段下駅を出たら、台湾研究フオーラムの方が[中、高社会科教科書の是正]の署名活動をしていたので、署名をしてきました。台湾を中国の領土と記載してる教科書があるとは!驚きました…
文科省にも怒りがこみ上げる!!と共に…己れの無知にもイラっとし!何か自分も行動に移さねばと感じてます。拉致問題もそう思い…ブルーリボンバッチを付けようと思い昨日申し込みました。何ができるか解りませんが、我が祖国の為に自分も行動しようと思っています。目覚めさせて頂きありがとうございます。
遊就館に、ぼくらの祖国が置いてあり♪嬉しかったな~♪知り合い等に配ったので自分のが無いので
また購入しまーす。(^o^) ガハハ(//∇//)♪
心配です (平凡な主婦)
2012-04-29 21:41:54
青山さん、こんばんは。
また少しお邪魔します。

ブログを拝見していますと、あまりにもご無理をなさっておられませんか?
拝見している者としては、ヒヤヒヤしております。
青山さんは「自愛はしません」とずっと一貫して仰ってますね。
ご自分の生き方として、自愛はしない、と。
それはすごくわかります。

だったら、お願いします。
ご自分の為に自愛するのではなく、
ここを訪問されている方をはじめ、
青山さんの多くの支持者の方々、お母様、奥様、息子様、繁子ちゃん、
硫黄島をはじめとする数多の英霊の方々、
拉致被害者の方々、
あらゆる多くの方々の為に、自愛なさってください。

青山さんも、みんなも生身の人間なのです。
休養すべき時はしてくださらないと、
倒れてしまわれては、何もできなくなります。
それと、「ぼくそこ」を読む子供たち、
この子達が大きくなって、この日本を担う年齢に達した時、
その時、青山さんの生の声であらためて語っていただきたいのです。
色々な事、何が大切なのかということ。

大変失礼な言い方になるかも知れませんが、
「その時」が来て、青山さんが過去の人になってもらっては、困るのです。

平凡な主婦のくせに、生意気言ってすみません。
お願いします、1日でもいいですから、
「休日」をとってください。
繁子ちゃんとゆっくり過ごされるのもいいのではないですか。ね、そうですよね。
Unknown (ミルト)
2012-04-29 22:27:52
青山さん こんばんは。
 
今日は昭和天皇の生誕の日ですから、そのことを書こうかと文章を考えて、書き込んでも、僕には文才がないので自分で納得出来ずに、書いては消して書いては消してと、これで三度目位です。
 
戦後、昭和天皇とマッカーサーが会談した時のエピソードは何度読んでも感動します。
陛下は自己弁護なさることもなく、全ての責任は自分にあるとおっしゃられました。(僕は昭和天皇に戦争責任があるとは思っていませんが)そして連合国の裁定に身を委ねると述べられました。
連合国の裁定に身を委ねるということは、最悪戦争犯罪人として処刑されることも有り得るということです。
陛下は、自らの身よりも国民の事を案じられていました。
陛下はマッカーサーに、戦災で国民は飢えて苦しんでいる、どうか国民を助けてほしいと頼まれました。
マッカーサーは、陛下の民を想う気持ちに動かされて、陛下を戦犯として裁くことをせず、日本に必要な量以上の食料を援助しました。
常に国民と共にありたいと願う、陛下の大御心はまさしく無私の境地であると深い感銘を受けました。
 
今日はそんな昭和天皇が、お産まれになった日です。 
天皇陛下のいらっしゃる国に生まれたことに、この上ない喜びを感じます。
 
天皇陛下は、まさしく日本の誇りであります。
 
青山さん 下手くそな文章で申し訳ありません。もうこれ以上考えるのは疲れたので、この文章に納得はしてませんが、この状態で書き込みたいと思います。

Similar Entries