前回の
「祭られる人々。」の続きです。
このweb記事に関して、色々に意見もあり少しですが、いくつかの
ブログも見てきました。(数少ないので、説得力には欠けるかもしれ
ませんが。)
記事を読んでいくうちに「おや?」って、私が首を傾げたくなったところ
があるのです。
「ブログ」をタイトルとしてあげているのに、ブログのことはあまり触れ
られていないことに。
最初に少し触れた程度で、あくまで内容は「2ちゃんねる」についての
ことが主で、本来あげて置くべき「ブログ」のことは、おざなりになって
いるのです。
それなら、「ブログ」ではなくてサイト全般にするべきだと思うし、そこ
までそれを強調しなくてもいいのではないかと、私は感じました。
元々「祭り」自体は、ブログなんていうものが無い時代からやって
いることでしたし、そいうのを見てきた。
だからという訳ではないのですが、「いまさら」っていう気持ちにも
なるのです。
「祭り」の仕組みなんて、知らない人が流れでも判る様にするだけ
でも良いと私は考えます。
読んでいくうちに、私自身はムダに感じる回りくどい文章があるように
思えるのですが。
それは、私が「祭り」の仕組みを知っているからかもしれませんが。
私にとっては、「何をいまさら」の気分ではあるのです。
ただ、ここのところの「電車男」とかのブームで、「2ちゃんねる」を見に
来る人も増えてきたから、こいう記事を書いたのかもしれませんが。
だからと言って、「祭り」は言いほうに動くとはいえない時もあります。
こちらの意見も一理あると思うのです。
すべてが「加害者」では、ないっていう事。
前回の時にも書きましたが、「加害者」として「祭られる」人の中には、
厳密の意味では「加害者」ない人もいるって言うことなのです。
私が見た限りでは少ないのですが、そいうのを仕掛けようという輩は
見たことはあります。(大概は失敗に終わっていますが。)
それが「祭り」になれば、サイトを潰すまでトコトンやる。
記事には、「2ちゃねる=世間」っていうことを書かれているのですが、
私は決してそれは違うと思う。
本当に「2ちゃんねる」を「よく」見ている人なんて、ネットやっている人
のよくて4割ぐらいではないかと思う。(キチンと調べていないから、
この数字は信用ないと思ってください。)
「6割」はどこに行くのかと。
たぶん、その「6割」でも「2ちゃんねる」の存在を知っていて、行った
ことはある人もいると思う。
でも「祭り」に参加するのは一部の常連であって、そいう人達では
ないと思うのです。
「祭り」があったのを見ても「ああ、こいうことがあるんだ」ぐらいにしか
見ないでしょうから。血の気が多い人は、どうかはわかりませんが
一般的な人はそうだと思うので。
話は少し戻りますが、「祭り」で身近にあった事例を少し。
ある地域のサイト。掲示板があって、そこにその地域の要望の書き
込みがあったのです。
それのレスを書かなかったのがいけなかったのか、これが「2ちゃん
ねる」に飛び火。
プチ「祭り」みたいなことが起こり、その掲示板を襲撃。
掲示板にある「2ちゃんねる」の人達の書き込みを見て、当時ネット
初心者であったらしい管理人さんは、その書き込みを削除。
これが、火に油を注ぐことになり、そのサイトは掲示板を取り外すハメ
になったそうで。
その要望の言っている事は確かに真に受けたものだから、おかしくは
ないのですが、「何もそこまで・・・・」っていう気持ちにはなりましたね。
前の記事にも書きましたが、いくら「加害者」とは言ってもやっていい限度はあるはずです。
名前や電話番号と言った個人情報まで、流すのはどうかと思えるの
です。
(これが前回書いた「加害者が被害者になる」っていう所以です。)
確かに「ブログ」っていう、サイト方式は誰でも気軽に作れて誰でも
表現の自由が持てるゆえ、その言動や発言が軽くなってしまいがち
ではあります。だから、改める必要もあると思えます。
が、「今後普通の生活行なう上でも、支障がでるようなことをしても
いいのか?」っていうと私は違うと思う。
私は、あくまで「その事柄」を叩くのは構わないと思うときもあるが、
個人の突っ込んだところまでやると「2ちゃんねるの人々」がただの
「悪意のある加害者」にしかならないと考えるのです。
ただ、すべての「祭り」が悪いとは言えないのです。
良い「祭り」もありますしね。
有名どころで言うと
ゴミ拾いオフとかでしょうか?
確かこの発端は、某テレビ局だったりするのですがね。
決してすべてが「悪い」とは言えない。
この一言につきるのでしょうかね?
・・・・・難しく考えすぎたかな・・・・・・・。
参照記事:
ブログで自滅する人々~ブログで「祭られる」人々
TB&参照記事:
at most countable内「「ブログで自滅する人」なんて居ない」