つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

祈らず行動すること

2019-01-08 | Weblog
祈る行為の姿というのは、ただじっとして一途に願う肉体の静止状態にある。
つまり、行動の伴わない姿。
どうだろう、死んだ姿というのは静止状態。祈ってばかりで動かなければ、
人生死を意味するということ。いけない行為ということがわかってくるはずだが。

物事というのは、動きが伴ってはじめて現れてくる。つまり、動かなければ
物事は進まないということ。だから、願い事があったら
先ずそれに向かって行動を起こすということである。どのように行動したら
願い事に一番早く到達できるのかという計画(行動)があってはじめて近づくもので、ただじっと祈っているだけの行為では、
けっして叶わない。他力本願というのは、自分が動かなくてもよいということではない。
他人任せにして叶うのならこれほど都合がよいものは無い。人生そんなに甘くないとみんな分かっているはず。
なのに皆一心に祈るのは、この道理がわかっていないからだろう。
老若男女
楽に何かを得られるほど人生甘くないと経験する。
安易に得をすれば、後々苦い思いをするということはよくあるものだと大抵は経験する。

世の中は、楽は苦の種であり苦は楽の種であるとも言われるように、苦楽は共である。
そんなことを踏まえて、祈る行為というのは良い行為ではない。いけない行為ということがわかってくる。
何かを叶えたければ、祈らずに行動していくことである。

皆神様に祈りを捧げるが、自分を生贄にしているようなものである。
悪神の洗脳に縛られた行為である。
善神は、一念岩をも通すと訓え、その頑なな精神による行動こそ
願い事の成就となると諭している。険しい道を行けと訓える。
偶者は誤解をして安易を取る。

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