つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

鈍行

2016-05-20 | Weblog
知的に優れてエネルギーの道理を覚る。
彼らは突出して理知的である。
そのために、同生命体に於いて争う事が無い。
また、外的生命体においても友好的である。
それは、どんな事柄でも、
我が身に置き換えて考えられるために、
害うということをしない。
もし、他を害えば我が身を害うこととなる道理を
よくよく心得ているためである。

共存共栄というのは、利害関係を持たないものである。
常に利のみである。互いの利のみに生きている。
彼らは常に心で生きている。
それぞれの性質を重んじて、それに従事して生きている。
たとえば、
ものづくりを好むものは、それぞれに見合ったモノづくりを生きがいとして生きている。
つらいことも何ら厭わない。
それが自分を高めるための試練であるからで、全てが自分の為となっているからである。
互いが心の試練であるために、損得というものが存在しないのである。
だから、互いに害いあうという事が無く、献身で生きている。
経済は存在しないのである。そのために、束縛されるという事が無く、
隷属するということがない。水を得た魚の様に、喜んで生きている。
それぞれの置かれた立場を苦と思う事が無く生きている。
他を羨むという事が無いのである。
自由にして、その性質の適材適所を生きているのである。
だから、進化著しくあり、常に進歩している。
人類の様に、お金のあるなしで、しなければならないこともできないということはないのである。
人類は牛歩の進歩であるのは、経済という奴隷制度に由るもので、心で生きていないためである。
互いに競い争うという、競争にして優越感のみのために生きている。
煩悩を滅する事ができないでいる生命である。
共存共栄を謳いながら、害いあって生きている哀しみ途上の生命である。
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