ケルザイム 未知との遭遇

幸せを夢の実現と考えるか、何気ない暮らしの中で幸せを感じるか。ひとの価値観にスポットをあてたそんな内容にしたいです。

辻太鼓

2008年04月20日 | Weblog
4月12日辻町地区の祭りが行われました。
私は仕事の都合で一日だけの参加となりましたが、
地域の人たちの交流として大変有意義な時間が過ごせました。
世代を越えた人との2日間という滞留時間は(練習は3週間)
その人をすべて理解することは出来ないまでも
顔見知りになるには十分な時間です。
顔見知り、以外にもその事が意味ある事なのかも知れない。
ほぼ同じメンバーによるソフトボールチーム「ソフト辻太鼓」も
いよいよ今年度も始動します。
祭りの反省、ソフトの活動、納涼フェスティバルの準備と
これから半年は同じ顔で出会う機会も増えてきます。
家庭→地域→仕事→所属団体の優先順位で
スケジュール管理していきたいと思いますが、
現実は仕事を最優先にしています。
きれい事を言ってもお金の絡む事はおろそかには出来ない。
プロである以上は当然の事ですね。
ただ少し危惧しているのは希薄となりつつある人間関係、
「・・・隣は何をする人ぞ」これは最近の俳句ではなく
芭蕉の俳句「秋深し隣は何をする人ぞ」がその全文。
正しくは秋深きらしいが元禄7年(1694年)に詠んだというから
今のご時世とはちょっと違う。
弟子が主催した俳句会へ病気の為欠席することとなったため、
発句として遣わしたもので俳句の意味も「秋も深まっているのに
隣の人がなにをしてるのか私には関係ないああ希薄希薄。」
ではなく、秋が深くなり床に伏せって静かにしていると自然と隣の人の生活の音が聞こえ、
隣の人は何をしている人だろうなどと色々想像してしまいます。
先ほど祭は仕事の都合で一日しか出席できなかったと書いたが
事務所で仕事をしていると、遠くに祭囃子が聞こえてきた。
それが段々近づいて来るにつれワクワクした気持ちになった。
仕事により拘束された私が祭囃子に耳を傾けている状況は
芭蕉の俳句を真似て一句。「春早々、囃子の音が右左」
コミュニティの大切さを古き良き伝統によって目覚める人がいるとしたら
それが真の目的なのかも知れない。

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