ちょっと気になるいい事、言葉、最新技術

書籍、映画、旅、最新技術から選んだ心に残るもの。速読者向けは、青文字表示。内容は小学生でも理解できる表現使用

インド・パキスタン独立はイギリス政策だった『英国総督』⭐️5

2020-08-05 07:44:54 | 映画から見える世の中の動き
国境の線引きは占領国英国の決定でなされた皮肉な結果。 宗教が絡む分断対立は結局、統一国家が実現不可能と見て英国チャーチル政権が下した。 悲劇は国境近くにいた住民が敵同士になり暴動、動乱を招き、家族等を亡くしたことだった。 結局、権力のある数人の政治家が協調・共生努力もせず多くの人々を巻き添えの犠牲にしたことである。 インド・パキスタンの独立の歴史背景を知るフィクション映画である。 「権力」による悲劇は世の中の身勝手な政治家(利己主義)によるものが多い。 さらに「歴史は勝者によって作られる」ことを知っておくべきだ。
『英国総督』⭐️5
この映画は2つの国、インドとパキスタンに分断した悲劇の形跡である。
時代は1947年人口4億人のブリティッシュインド チャーチルが新たなインド総督マウントバッテン卿を任命、だが最後の総督となる。 目的はインドの独立を円滑にする事だった。 それはイギリス本土統治の混乱も有りインドへの兵士も含め注力が出来なくなり返還を余儀なくしたことにある。
インド人の非識字率は92%、赤ん坊の5分の1が生後4ヶ月前に死ぬ時代でヒンディとムスラム派との共生からインド統一を望んだ。それは双方の暴動で4万人が死亡した為で更に暴動が過激になっていた。
イギリス統治時代は学校、教科書、選挙等を分裂、だが総督の妻は過去の習慣をやめ、地にあったもので引き出そうと食事から始める。ガンジーは共生は道理より愛の力が可能性を生むとし、分離は混乱を招き平和を求む神の裁きではないと反対した。
イギリス本土の決定は30日以内に資産、負債全てをインド80% パキスタン20%と分離決定し国境の線引きもイギリス側が先導、ただし国民の主権は個々が選択することになった。国境の線引きの原案はチャーチルが以前から構想を練っており、近隣住民の村は焼討ちに遭い崩壊、列車では大虐殺、多くの犠牲者が出た。この2国分離で約1400万人が移動し、約100万人が亡くなっている。
この映画は、生き残った孫娘が副監督として制作したもの