日々是ぶった切り~非モテ男のせつなさみだれうち!

非モテ男、駄文のせつなさみだれうちにより「風俗国家化」への抵抗を試みる。

非モテ男、地域社会での受け入れを求む③妨害編

2019年08月21日 | 非モテ

前記事で、非モテ男を活躍させるには「趣味人たる爺さん」が必要だと述べた。

しかしながら、この趣味人たる爺さんを育てるのは結構長い年月がかかる。

そして、その趣味人たる爺さんを育てられなくするようにけしかけている連中がいる。

その一例として「ガンプラを捨てる妻」という人種がおり、テレビ東京にて平然とそのような番組が放映されていた。

非モテ男の力を理解できる、趣味人たる爺さんは間違いなく「ガンプラを作り続ける」のと同じような何らかのコレクター的な要素を持っている。

その価値は少なくとも直接的には99%の国民にとって、ただで譲り受けたら速攻捨てるようなものである。

このガンプラを捨てる妻という人種は、将来的に趣味人たる爺さんを育たなくすることで、非モテ男をエンパワーメントする能力が地域社会から消えていくという犠牲と引き換えに、ごくごくちっぽけな自分の欲望である「夫に「家庭最優先・そのためにすべてを犠牲にするのは当たり前」という教育を施すことで支配する。」という支配欲を満たすのである。

そしてそれは、趣味人たる爺さんの後継者を失わせ、非モテ男を地域社会から遠ざけ、そして当該夫の人権を奪う行為なのである。

さらに厄介なのは、このような番組をプロデュースできたことにある背景に、「ジジイフェミニスト」という、フェミニズムに隷従して更なる弱者をたたいて忠誠を尽くそうという愚か極まりない男どもがいる。

そうでなければこのような暴虐な行為が公共の電波で放送されることはありえない。

すなわち、「ガンプラを平気で捨てる妻」を平然と推進する連中はそれこそ悪であり、人類を衰退させるための連中であるからして、徹底的に撲滅されなければならないのである。

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非モテ男、地域社会での受け入れを求む②活躍編

2019年08月20日 | 非モテ

前記事において、「非モテ男を地域社会に引っ張り込むにはおばちゃんが重要な役割を果たす」と述べた。

しかしながら、非モテ男を地域社会に引っ張り込むことはできても、彼らのパーソナリティを存分に発揮して「活躍させる」にはまた別の要素が必要である。

というのも、おばちゃんは万能ではなく、非モテ男が得意とする「価値を見出す消費」への理解力は残念ながら高いとは言えないからだ。

たとえば、グレードの高いガンダムのプラモデルを丹念に作りこむという、生活の上で何の意味もなく、かつ「好きな人以外にとってはゴミでしかないモノを生産する行為」を理解せよといわれてもまあ難しいものがある。

おばちゃんには「許容」はできても「理解」は極めて難しいものがあるだろう。

そこで登場するのが、「趣味人たる爺さん」である。

趣味人たる爺さんは、たいてい誰しもが家族から「こんなわけのわからないモノ集めて!」などと言われた経験のある人たちである。

その圧力を潜り抜けた爺さんたるものであれば、非モテ界におけるわけのわからないモノに対する消費=「男のロマン」を理解できるであろう。

理解できるということは、それを文化として活用できるということである。

文化として活用できれば、非モテ男は単なる平凡な労働力のみならず、有用な地域資源を生み出しうる。

ということで、おばちゃんによって半ば無理矢理につれてこられた非モテ男は、趣味人たる爺さんの関与によってより活躍の余地を拡大するのである。

次回予定 「趣味人たる爺さんの育成を阻むものは何か?」

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非モテ男、地域社会での受け入れを求む①入門編

2019年08月19日 | 非モテ

非モテ男には間接的に社会からさまざまな要求をされる。

やれ子育て世代が子育てに難渋した場合の仕事の穴埋めをしろだのアシストをしろだのあるいはボランティアをしろだの地域社会を支えろだのとまあいろいろとあるが、今回は「地域社会」というものをテーマに考えたい。

非モテ男の労力は、一定程度地域社会に貢献する可能性があり、また、(特に子育て世代や高齢者世代にとって困りごとを解決する存在と知れ)労働力を求められてもいる。

で、非モテ男としてもやってやれないことはないのだが、非モテ男というものは基本的に何か他人に対してアクションを起こそうとすると、それが善意からであっても多くの場合気持ち悪いと思われたり警戒されたり通報されたり白い目で見られたりするというリスクを負っている。

そのうえ、非モテ男にとって原理的には地域社会にかかわっても利益はない。

そのため、非モテ男サイドからアクションを期待することは不可能である。

ところが、「非モテ男」サイドに「積極的にかかわるように」要求する政策はあっても(地域おこし隊などは、その条件を考えたらまさに非モテ男を格安で働かせようという仕組みだ。)、非モテ男サイドに「利益」を与える方法を考えてこなかった。

となると、「非モテ男に一方的に恩恵を与えつつ巻き込む仕組みをどのように作るか」がカギとなる。

そのカギとなるのは間違いなく「おばちゃん」である。

それも、当該非モテ男から見て、一般的に15以上は年上である必要がある。

それだけの年齢差があれば、異性というよりもおばちゃんそのものだからである。

おばちゃんという人種は、一方的な善意の押し売りを得意としている。

この押し売りが「子育て世代の女性」に対して行われると、なまじおばちゃんもその世界がわかってしまうため、かなり強烈な押し付けになってしまうことがあるのだが、非モテ男というおばちゃんから見ればよくわからない存在相手に押し付けるとなると、程よい遠慮が生まれるため、だいたいいい感じの善意の押しつけになる。

ということで、おばちゃん、特に暇を持て余しているおばちゃんには、ぜひ非モテ男(特に一人暮らしならの非モテ男)に図々しく善意の押し売りをしていただきたい。

そうすれば、少なくとも非モテ男が地域社会に加わるきっかけにはなるだろう。

もっとも、このやり口はある程度若い非モテ男しか救えないという弱点はあり、また、物理的にある程度家にいる非モテ男にしか使えないという弱点はあるものの、それなりに非モテ男という労働力を地域社会に加えるきっかけにはなるはずである。

ということで、非モテ男を地域社会に引っ張り込むために、おばちゃんの活躍を強く期待する。

※ この方法で非モテ男を地域社会に引っ張り込むことはできるが、それ以上に非モテ男の持っている力を発揮するには別の力がいる。それについては次回投稿する。

 

 

 

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玉木雄一郎氏が「アキバでやるべきだったこと」を考えてみた。

2019年07月10日 | 政治・経済・社会ネタ

国民民主党の玉木雄一郎氏がアキバでガンダムに出てくる連邦軍のコスプレをして批判を浴び、さらに謝罪の中で「ギレン・ザビの演説をやるべきだった」とぬかして批判を浴びている。

ガンダムを「古典」として利用するなら、きちんと利用するべきであり、私はとりあえず「保守系・反安倍政権で、かつての自民党をそれなりにリスペクトする国民民主党」として玉木氏を演出する場合こうするべきなのではないかと考えてみた。

まず、当人が「キャスバル・レム・ダイクン(=シャア・アズナブル=クワトロ

バジーナ)」好きだと公言するのなら、当然好きなものになるべきであり、キャスバルといいたいところだが、現代政治において受け入れられやすそうな立ち位置にいる「クワトロ・バジーナ(機動戦士Zガンダム時)」のスタイルで望むべきである。とすると、赤のノースリーブに金髪でサングラスというスタイルでコスプレすることになる。

次に、政治なのだからなんといっても「原作をオマージュした演説」が必須である。ガンダムは立派な「政治劇」でもあり、政治の世界でも使えるほどの名演説はそれなりにある。そして、クワトロなら何と言っても「人類が宇宙に出ることによる地球環境保護」を訴えた「ダカール演説」こそ至高である。

といっても、そのまま使ったところで意味がないので、彼なりに変化させる必要がある。

ということで、下記の通り演説を考えてみた。

 

アキバの方と、この中継を見ている日本国々民の方には、突然の無礼を許して頂きたい。

私は国民民主党の玉木雄一郎であります。

話の前に、もう一つ知っておいてもらいたいことがあります。

私はかつて「財務省主計局」にいたこともある男だ。

私はこの場を借りて、財務省の遺志を継ぐものとして語りたい。

もちろん、単なる数字合わせにしか興味がない主計局としてではなく、「官庁の中の官庁」として国家を支える矜持を持つものとしてである。

財務省の遺志は、主計局のようなちまちまししたものではない。

財務省が失われた20年の後半を作ったのでは無い。

現在、安倍政権が日本国の官庁を我が物にしている事実は、かつての自民党のやり方より悪質であると気付く。

日本国が自民党政権を続けたのは、社会党が政権を担う重荷で沈むのを避ける為だった。

その後、長きに渡った小泉政権は、日本の金融危機を脱出したことによって、自民党員そのものが力を身に付けたと誤解をして、第一次安倍政権のような勢力をのさばらせてしまった歴史を持つ。

それは不幸だ。

もうその歴史を繰り返してはならない。

自民党以外の政権によって、日本人はその能力を広げることが出来ると、何故信じられないのか?

我々は日本を安倍の手で汚すなと言っている。

安倍政権はアメリカに魂を引かれた人々の集まりで、日本を食いつぶそうとしているのだ。

人は長い間、自民党政権と言う揺り籠の中で戯れてきた。

しかし! 時はすでに日本人を自民党政権から、巣立たせる時が来たのだ。

その期に至って何故野党同士が戦い、日本を汚染しなければならないのだ。

日本を日本人の手に戻し、日本人は自民党政権から自立しなければ、日本はまともな独立国では無くなるのだ。

このアキバでさえ経済的疲弊に飲み込まれようとしている。

それほどに日本経済は疲れきっている。

今、誰もがこの美しい日本を残したいと考えている。

ならば自分の欲求を果たす為だけに、日本に寄生虫のようにへばりついていて、良い訳がない。

現に安倍政権はこのような時にくだらない野党批判を仕掛けてくる。

見るが良い、この醜悪な映像を。

彼らはかつての自民党政権から膨れ上がり、逆らうものは全てを悪と称しているが、それこそ悪であり、ニッポンを衰退させていると言い切れる。

アキバにおられる方々はお分かりになる筈だ。

これが安倍政権のやり方なのです。

我々が鳩山民主党政権でやらかしたのも悪いのです。

しかし、安倍政権はこの日本に自分達の味方となる官僚がいるにも関わらず、森友や加計で尻尾切りをしようとしている。

 

いかがであろうか、自民党政権・安倍政権・鳩山民主党政権・日本社会党などの評価については、それぞれ賛否両論あるだろうが、このくらい知恵を絞れば、少なくともガンダムファンの耳目を引き、「にわか認定されて単にガンダムを利用するだけのやつ」という批判は避けられるだろう。そして、ここまでやれば、ガンダムの「作品としての地位」が「サブカルの代表として有名な作品→日本の古典の一角として一般人が身につけるべき教養」まであがるのみならず、オタクの地位も上がり、国民民主党も埋没せずに済むという「ウィンウィン」の関係が築けるのである。

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電車のイライラを抑え、非モテ男を救う「超自由教」的乗車テクニック

2019年06月22日 | 新宗教

仏教が電車のイライラを抑えるための乗車テクニックを開発したらしい。

人の心を救うのが宗教の役割だとすれば、超自由教もまた電車のイライラを抑えて人の心を救うのは責務であると言える。

そこで、超自由教として、どのように人・特に非モテ男の心を救うかを、考えてみた。

① 残高不足で立ち止まった人がいた時

仏教的には赤子を見守る母の気持ちになるらしいが、非モテ男はそういう気にはとてもなれない。 であれば、ここは非モテ男らしく無駄にテンションを上げ、「ピンポーン」と残高不足でなるチャイムの音を鳴らしながら無駄にカッコつけたポーズをとるのが基本である。 これによって、目の前のイライラよりも自分のアホさに集中するため、無駄なテンションアップによる楽しい瞬間が楽しめるだろう。

② ホームで横入りされた時

仏教的には悪魔の試練と捉えるが、非モテ男は悪魔にもモテないのでそんなものはない。 であれば、全力でその横入りというふざけた行為に驚いた顔をし、その表情を叶うことなら鏡で見る。そうでなければ想像することである。 こうすることで、自分のアホさに集中できるようになるため、やはり無駄なテンションアップによる楽しいひと時が楽しめるだろう。 なお、一通りことがすみ、落ち着いたら缶コーヒーか何かを「カッコつけて」飲むと、「二枚目を演じているアホなやつ」になることができ、さらなる楽しいひと時が楽しめる。

③ ぶつかられた時

仏教的には「この憎しみの連鎖は私が断ち切る」と思うだけらしいが、はっきり言って面白さが全く足りない。 そこで、非モテ男としては、どう頑張っても非モテであるという利点を生かし、懐から眼帯を取り出し、顔の前で自分の方に右手のひらをかざし、(中指が額近辺に来るようにし、やや手前側に第一関節を曲げ、各指を心持ち開くのがポイント)「この憎しみの連鎖よ、暗黒の名の下に我に集え、その力を集め、糧とせん!」と唱えよう。 そうすれば、厨二病的なかっこよさが身につき、やはり無駄にテンションが上がり、楽しい一日をを過ごすことができる。 なお、その際には、自らの周囲が黒いオーラでつつまれるようなイメージを持ち、もしそのあとにやることがあるのであれば、そこにエネルギーをぶつけることを忘れてはいけない。

いかがであろうか、少なくとも電車のイライラを抑えるという点においては、仏教よりもはるかに簡単お手軽かつ非モテ男に向いた手法を提示したと思う。 厨二の心を非モテ男の事実によって全開にすれば、このくらいの苦難はエネルギーに変わるのである。そして、こんなアホなことを考えているから、筆者は非モテなのである。

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