梅雨明け後の東京地方は、朝晩はまだ涼しくしのぎやすい日がつづいています。昨日、桜の木蔭を歩いていましたら、どの樹の幹にも樹液がたっぷりとついているのを見て驚きました。この琥珀色に光る液をもとめてたくさんの蝉が集まってくるのでしょうか。わたしは不思議に気持ちになって木下闇に立ち止まり、しばらく蝉時雨につつまれていました。空は、雲ひとつない快晴。
こんな日は、清々しい空色のお茶碗で冷茶をいただきます。銘は「雨過天青(うかてんせい)」。雨上がりのみずみずしい空の色、です。
粉青茶碗で、土見(つちみ。茶碗の高台まわりなど釉薬がかかっていない素地土の露出しているところのこと)はまるで雪解けの景色を見るようにやわらかな印象です。もともと向付(むこうづけ)として作られたものだそうで、高台(茶碗の足の部分)は低くなっています。素地は非常にうすく作られており、口造り(くちつくり。うつわの口の部分)や土見、高台まわりは、こころして扱わないと欠けてしまいそうです。
茶碗の由来です。
京都におすすめの町家づくりの宿があります。「さろんはらぐち 天青庵(てんせいあん)」(※)。ほんとうは誰にも教えたくない隠れ家のような宿です。こちらのご主人は、日本に数人しかいない中国・南宋時代(1127~1279年)の官窯青磁(かんようせいじ)を作る陶芸家です。官窯とは、中国の宮廷で用いる陶磁器を製造した政府の陶窯のこと。とくに南宋の時代に、すぐれた青磁の作品がたくさん作られたそうです。
ご主人から、官窯青磁は「雨過天青(うかてんせい)」の色とうかがいました。あるとき、南宋の皇帝が「雨上がりの空の色を」と陶工たちに作らせたのが始まりだそうです。大陸の国らしく、構想が壮大ですね。
随筆集『雨過天青』の著者・陳舜臣(ちん しゅんしん、1924年~。作家)は、青という色を「青年とか青春とか、生命力に満ちたものに用いられる。わたしたちがさまざまな青を愛し、青磁の色に自分たちの理想を託そうとするのは、生命を愛するからにちがいない」と書いています。(紀伊國屋書店BookWebより)
わたしは梅雨明けが近くなるとこの茶碗を取り出して、夏空の輝きを待ちどおしく思いながら一服のお茶を味わい、虫の音が聞かれるころまで楽しみます。唐物の茶碗を、こうしてふだん使いにするのは贅沢なことかもしれません。
「天青庵」のご主人と奥さまにはお世話になりました。毎朝いただく奥さまの手料理が美味しいのです。みなさまも少人数で京都にお出かけの際は、ぜひご利用くださいね。
※ 「さろんはらぐち 天青庵」
東山のふもと、祇園円山公園のいちばん奥にあります。知恩院大鐘楼のすぐそば。
その帰り道、古陶磁屋さんが街の中に在るのを見つけ立ち寄りました所、知人に通訳お願いし店の主人と会話しておりましたら店奥から次々と品物を出し見せてくれたのです、その中から青磁のに花瓶が目に留まり買い求めてしまいました。後日店の主人から手紙が参り、買い求めた品物は瓶子型の花瓶で銘を「雨過天晴」清の蕹生時代である旨、知らせてくれました。その時、始めて、「雨が通りすぎ空が晴れた姿の色」であることを知りました。
雪月花さんが、雨過天晴を取り上げて頂きましたので、早速花瓶を出し、生けてみようかと思いますが、この花瓶を使うには「真」の生け方とに成りますので花材を選ぶのに苦労いたします。夏の花では遠州槿になるのでしょうか。雪月花さんの(うかてんせい)「青」、ではなく「晴」に成るのではと、思いますがお調べに成って下さい。今日は真夏の天気になり気温もうなぎのぼり、暑さを凌ぐのに大変ですね。
陳瞬臣といえば、直木賞受賞作が「青玉獅子香炉」。元々陶器に造詣の深い作家のようですね。「雨過天青」は、雨が降った後の青い空とか。類語の「雨過天晴」は、物事が好ましい方向へ向かうことで、どちらも印象的な言葉です。
「雨後の往来」 尾崎喜八
にわか雨のとおりすぎた春のゆうがた、
いかにも、今かへつて来て
再び見るふるさとのような町の風景。
ほのかにしめつた往来は
掃き清められたようにひろびろとし、
家々の列、ユリの木の並木、
瓦斯燈、電柱、郵便函、
その他あらゆるものがことごとくそのところを得、
爽やかな微風そここゝに生まれ、
西の空は水を打つたロベリヤの草むら、
ともしびは新しく光りそめ、
人々の歩みはかろく、いそいそと、
新鮮な空気いたるところに満ち、
身は水中の魚のようにのびのびと自在に、
心は信頼と愛と寛容とにみたされ、
いつともなく
無限なものの気息に胸を一ぱいにして、
生きている事のこの恩寵に涙ぐみ、
星々の瞬きがつぎつぎに増して夜に入るまで
ついに恍惚として同じところに立ちつくしてしまう。
今時は夏ですが今宵は土曜日。せめて、「雨過天青」の青磁を思わせる青朗の盃で一献かたむけたくなりました。
ご紹介の宿、初めて知りました。
動画も拝見しましたが、風情がありそうで良かったです。
今度、ちょっと周辺を探索して参ります。
青は、あこがれですね。海・空・自然、宇宙・・・・・とイメージは膨らみます。
アンリ・マティスは「ある種の青はあなたの魂に入り込む」と。
涼しげな空色、こんなステキなお茶碗でいただく冷茶は、格別のお味でしょうね。
絵もとてもいいです^^
今回ご紹介しました「天青庵」は、以前旧「雪月花」で紹介した折、メールでたくさんの問合せをいただいたお宿です。実際に宿泊した後に感想を送ってくださった方もありました。
宿の内部は動画でご覧いただけますけれども、もともと廃屋で床も抜けてしまっていた町家にご主人が手を入れ、いまの「天青庵」に造り替えられました。ランプシェード、洗面ボウル、コンセントカバーまで、ご主人が焼いたもので屋内をさりげなく飾っています。
ご夫婦そろって骨董にご興味をお持ちなので、宿そのものがちょっとした展示室の趣です。やきもの好き、骨董好きにはたまらないお宿でしょう。茶室もあり、造りは高台寺の茶室「傘亭」を思わせるような、煤竹(すすたけ)の天井です。二階の客間でなく、一階のこの茶室が気に入って、そこを指定して寝泊まりする客もあるそうです。
二軒茶屋、円山公園を横切るように東へゆるやかな坂がつづき、坂を登りきったところ、木々の緑の中にひっそりとたつ「天青庵」があります ^^
> 紫草さん、
清の蕹生時代の空の色とのご縁をとてもうれしく思います。いまごろお床には、「雨過天晴」の花瓶に夏の花がところを得て、楚々とした風情を見せていることでしょうね。
今回のお茶碗は、ご主人のお話では「雨過天青」で、「晴」でなく「青」とうかがっております。また、あるホームページに次のような記述を見つけました。
「天青」とは、中国の五代後周の皇帝が理想の青磁の色を表現した
「雨過天青雲破処」(雨上がりの空の青さ。それも、雲が破れるようにして
晴れ始めた、そのあたりの青さ)という言葉‥
ですので、もしかすると「南宋の皇帝」というわたしの記述が誤りで、それよりも古い時代の言葉なのかもしれませんね。
いずれにしましても、「青」も「晴」もあるのでしょう。貴重なお話をいただき、有難うございました。
> 道草さん、
まぁ、将軍塚の大日堂からながめた夕日だなんて、いったいどなたとの思い出なのでしょう。道草さんもすみに置けませんね(笑
南宋時代から伝わる青磁色ですが、日宋貿易が盛んだったのは平家全盛期。平家といえば、「天青庵」の近くの長楽寺は建礼門院徳子が落飾されたところですね。そんな場所で、平家の夢のひとつだった宋の宝物ともいえるものがあることに、因縁を感じます。
上にも書きましたけれども、もともと廃屋だった町家をご主人が買い取って自ら手を入れ、いまではみごとな町家造りの宿になっております。わたしは「天青庵」の奥さまに案内していただいて夕刻から裏山を登り、大日堂から五山送り火を拝ませていただいたことがあります。帰り道は、ご存知のとおり灯ひとつ無い山道ですから、懐中電灯で足もとを照らしながら下りました。朝は早起きをして大鐘楼から知恩院の境内へ散歩がてら下りてゆき、有明の月のかかる講堂から漏れくる読経の声を聞くのが好きでした。最近はホテルを利用することが多くなってしまいましたけれども、余裕のある旅のときには「天青庵」がよいですね。これを機会に、陳瞬臣の随筆『雨過天青』も読んでみたいと思います。
尾崎喜八の詩も美しい青磁色ですね。雨上がりの街の状景もまた、こころになにとなくなつかしいものを呼び覚ましてくれます。有難うございました。
> むろぴいさん、
「天青庵」をお気に召していただけてうれしいです。宿泊料も良心的ですし、二階の客室でしたらご家族でも十分な広さがあります。円山公園の奥まで入る観光客はほとんどありませんから、ひっそりと周辺のお寺を訪ねたり、散策をなさるのにはよいところです。
> みいさん、
マティスのすてきな言葉を有難うございました。みいさんも「青」という色に魅了されているのですね。この「雨過天青」の青磁は、空がわたしたちに無限を感じさせるように、限りなく透明な水色で、見つめていると吸いこまれそうです。青色のもつ、不思議な魅力です。
雨過天青の茶碗拝見出来て嬉しいです。お箱もちゃんと結ばれてよい形ですね。私もこんな聞き香炉がほしくなりました。またSAKURAにもお寄り下さいませ。今月は古書から「折形」を載せたいと思っています。
昨日の午前8時14分ごろ町中にアナウンスが入り、その合図で夫と黙祷をいたしました。終戦を迎えた年に生まれた方が61歳になられるだけの歳月が流れたのに、いまも世界中のあちこちであの日と同じことが繰返されようとしているなんて、哀しいです。
「雨過天青」を見ていただけてうれしいです。おかげさまで「四方左掛け」できちんと結ぶことができ、こうして紹介することができました。感謝しています。のちほど「SAKURA」へうかがいますね。
青磁の水指、お茶碗など心ひかれますね・・
唐物のお茶碗で一服召し上がる(雪月花さま)なんて素的な情景でしょう。
「天声庵」のHP拝見いたしました。100年も経つ町屋・・・お訪ねしてみたくなりました。去る四月京都を訪ねたさい、円山公園の枝垂桜に感激し、「長楽館」で食事をいただいて、翌日「知恩院」も訪ねました。
そのあたりに「天声庵」あるのですね。
長楽館もルネッサンス様式を基調とした落ち着いた佇まいでした。「この館に遊ばば、其の楽しみやけだし長(とこし)へなり」として命名されたとか・・・
「雨過天青」を見ていただけてうれしいです。お宿もすてきでしょう? 機会がありましたら、ぜひ宿泊してくださいね。
長楽館の食事を楽しまれたとか、レストランやカフェのしつらえも調度品も美しいですよね。もうだいぶ前になりますが、わたしは友人とふたりで長楽館に宿泊したことがあります。レディスホテルなので女性専用ですし、サービスもとても丁寧でした。ただ、宿泊したのは晩秋だったのですが、造りが古いせいか暖房を入れても部屋が暖まらず、一晩中寒い思いをしました。(いまでは改善されているかもしれません)
今日は台風の影響で朝から雷雨になりました。長崎はいかがでしょう。昨日は長崎代表の高校球児が甲子園で大活躍しましたね。今日の甲子園は雨でおやすみでしょうか。