ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

終日休日宣言

2016年04月26日 | 日記
○6時半起床、起床時室温19℃。夜中の目覚め1回。
○資源ゴミ出し。今日も杖使用。左膝に力が入らない感覚があり、坂の上りが体重の急激な増加を感じさせた。
○「何もしない」ことは不可能。「生産的なことは何もしない=休日」と理解しなおしたが、さて、俺は今、何か生産的なことをしている日常なのか、と自問。生きていること=生産的であってほしいなあ、という願望の中であがいているだけなのね。「リタイア」って、働いて給料をもらう、ということから外れてしまったわけなのだけれど、それが即全面的に非生産生活になるなんて、悲しすぎるじゃないか。ねえ。
○・・ということで、生産的と言えるかどうかは疑問だけれど、少し、おつむを使ってみました。
○先日のFBF田中茂美さんとの短い時間の語らいの中で交わされた「パリ・コミューン」話題について、リタイアに伴う廃棄処分から何とか免れることのできた関係史料を、『パリ燃ゆ』(大佛次郎1964年作品)の視点で眺めている。
 じつは、この表題は、大佛のオリジナルだと評価していいかどうか、難しいところがある。というのも、「パリ・コミューン」終焉の1871年5月末から、その史実検証も意味するのであろう「パリ・コミューンはこんな風であった」という記録集が、新聞(日日の出来事をタイムスケジュールで追う記事風のもの)であったり、写真アルバム集であったりなど、さまざまに刊行されているが、それらのテーマは、まさに、「パリ燃ゆ」なのであった。私の手元に残っている関係書は、写真家の手になる『案内ー燃えたパリ選』(1871年)などわずかである。なお、この写真集は、戦火に焼かれ、また打ち壊されたパリの建築物を「そのまま」外国人観光客にガイドする、という目的をもって発行された。
 公共図書館は当然のこととして、関係史資料を求めて、古本屋を訪ね歩く。各古書店の主が必ず言うこと―「お前は日本人か。日本人の有名な作家がパリ中の古書店のパリ・コミューン関係をごっそり買っていった。そのことは知っているか?」その枕詞に続くのは、「だから、他の革命期の史資料に比してパリ・コミューン関係は高くなってしまった。文句を言うのなら、その日本人作家に言え。」であった。苦笑するしかないけれど、それでも、表示価格から2割は引かせる努力はした。
○そうさんからメッセージが届く。
「ご無沙汰しています。なんとか生き延びています。
 2人目生まれました。今回は女の子です。子育てをしています。何をする(しない)のが子供のためになるのかさっぱりなまま4歳になってしまいました。今度は女の子なので、ますますどうアプローチをしたらいいやら・・・」云々
 まったく変わってないなー。よい事です。旦那は看護学校を卒業し看護師をしているとか。散々、人生をさまよった結果の選択故、立派な看護師さんになるだろう。
○西日のあたりがきつくなってきた。これからの季節を考えると、1.何とかブラインドを下ろす、2.机の位置を変える、などの対策を講じなければならない。思いついたが吉日で、ブラインドを下ろす試みをした。数度失敗の後、下ろすことに成功!しかし、これを上げたり下げたりすることは難しいと考え、下ろしっぱなしの状態を保つことにした。暗いナー。ま、そのうちに、良い考えが浮かぶことでしょう、どうせ暇人なのだから。
○パリ・コミューン議員の内、顔写真がある人物をチェックしはじめた。経歴などもアラ読みをしている。面白いぞ。、
○お昼は定番のうどん。今日は具にさつま揚げを入れた。ちょっとくどかったかな。くどいかもしれないと思い、みょうがを刻んでトッピングをしたのだが。
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