ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

「いまさらセガン」話題 使用テクストの問題

2018年12月23日 | 研究余話

 セガンの最晩年の著書に『教育に関する報告(Report on education)』がある。初版1875年、第2版1880年。
 初版を使ってセガン研究をするのは私だけ。他の方々は第2版を使用している。で、日本のセガン研究者に「どうして初版を史料としてお使いにならないのですか?」と訊ねたら、第2版は増補版であり、そこにセガンの真意があるから、と大著『セガン 知的障害教育・福祉の源流』(総頁数1500!!)編著なさっている清水寛埼玉大学名誉教授氏がお答えくださった。
 で、氏らがセガン著述に使っている諸個所は初版記述と同じ個所。この限りでは第2版でなくてもよいはずだ。初版版と第2版版との比較クリティーク叙述はない。
 私は、真実、出来損ないの歴史学習者であったし、その劣等意識を相当強く持っている。だからこそなのか、自らの文に引用するときは、可能な限り初出史料を使用せよ、という教えが頭から離れない。この意味をここで改めて綴る必要はないだろう。
 初版本の入手には結構苦労した。伺いそびれたことなのだが、先行する偉大なセガン研究者たちは初版本は入手しておられるのだろうか?
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« セガンの白痴教育への執念は... | トップ | 大田堯先生の訃報に接して »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。