ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

三重の田中さんと秋葉原でランチ

2016年04月21日 | 日記
○6時半起床、起床時室温18℃。左腰の痛みのため熟睡できず。疲労がたまったか。
○モニターのノイズ、依然解決せず。設置場所を替えてみようと思うが、さてどこに?
○今朝は語学学習の代わりに、多少の部屋の手入れと、マグロの煮つけ作り。マグロの血合いは一柵丸々あるので数食分保存を考え、煮つけにした。短冊に切っただし昆布数切れとニンニク一カケ、減塩醤油、日本酒、水に、マグロの切り分けた身を投げ込み、弱火で煮込む。血合いから出るアクは低級料理故掬い取らず、ただ煮込むだけ。猫たちが一斉に駆け寄りみゃーみゃーとにぎやか。やはり、こういうの好きなのね。でも、ニンニクを使った料理だから上げられません。出来上がりは、煮汁とともにタッパーに入れ固く蓋をして、常温保存。今夜また火を通します。試食してみたけれど、あっさり味で、なかなかいいんでないの。
○11時半、秋葉原中央改札口で三重の田中茂美(茂二郎)さんと落ち合い、三友へ。鰻重(関西風焼)を2人で頂く。やはり、関東風の「やわらかい」(最近は、ふあふあ、という触感表現が好まれているらしい、気持ち悪い)はいただけませんねぇ、と二人して意気投合。親交会話はパリ・コミューン評価のあり方をめぐってぼくが話題提供。ロシア革命の路線からの評価が主流だが、それは必ずしも実相ではない、ということ。原資料を読み解く作業がどうしても必要、というのは田中さんの合意を頂いた。津高校にはロマン・ロラン研究会や社会科学研究会などの社会科学系サークルがあったが(今はない)、それらについても若干話題に登った。後、津にも、キリシタン刈りの史跡があるというお話し。日本史の流れから完全に取り残された三重、という印象持ってきたぼくに、かなり衝撃的なお話しだった。とにかく、母親によって「隠され」あるいは「接近することを禁止された」三重の歴史がかなりある。国権主義者であり体制恭順主義者であり、差別主義者であり、「小学校低学年教育の神様」であったわが母の手の内で踊らされた(過干渉・過保護)青少年期は、精神の地獄でもあったと、強く思ってきたが、今日の田中さんとの語りによって、その確信を得た。とてもありがたい一時だった。午後1時過ぎ、雲行きも怪しくなってきたこともあり、次回お会いすることを約してお別れした。
○船橋東武で、長野新潟物産展が開催されていたので、今夕の食材を求めて、立ち寄った。「釜飯」。
○帰宅後、昨日買い求めた「整理棚」を組み立て、さっそく部屋の整理のために活用。
○秋葉原・三友の鰻重〔関西風〕

○食エッセイ
ぼくが通うスーパーの魚類売り場は魚屋が調理人で入っている。マグロなどの解体もその場で行う。目玉、ほほ肉、尾等々の「競売ショー」が行われる。健康な時にはそのショーに参加し、じゃんけんに勝ち残り目玉一対あるいはほほ肉一対を良く買った。
 今は、競売もされず通常商品棚にも並ばないけれど、新鮮そのものの「アラ」もの=「投げ売り」を、しばしば購入する。「アラ」がとてもおいしいことを知ったのは、大学生時代に住み込んで働いた割烹もどき料理店で、板さんがよく作ってくれた、「アラ」を素材としたさまざまな料理品だ。「畳の上で金を払う人が食べるのもうまいが、土間(=調理場)で立って出来立てを食らうのもそれ以上にうめえんだよ。」ということだった。
 ぼくは料理人にはなれなかったからあれこれの調理をすることはできないが、「アラ」を「捨ててしまう下品なもの」という観念を持つことは無い。まあ、美しい見栄え料理をテレビ料理番組で見慣れてしまうと、確かに、「アラ」なんぞは食えたものではないだろう、とは思うけれど。
 一昨日買ったマグロの「アラ」は一柵。厚さは刺身用の一柵の数倍ある。一食分料理して後は捨てる人もいるようだ〔血合いでない部分をはぎ落すことによって、高級な刺身=トロになる〕。ぼくは捨てられない。
 今朝はアラの煮つけを作った。タッパーにいれ、固く蓋をして自室に保存した。何食分、食費が助かるだろうか。今夕、もう一度火を通すことにしている。腐りが来ないためである。
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