ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

文意理解できないバカがいる。しかも国語教育専門家

2018年12月01日 | 研究余話
 以下が私のWEBでの投書記事。

「セガンって人、「無償教育」の主張者であり実践者だったんだよ。白痴を養い、白痴のための学校を創設したんだねぇ、当然月謝なんか取らなかったんだよ。そのために、セガンは、身銭を切ったそうだ。立派な人でしょ。」  
 清水寛氏によって、ぼくに最初にインプットされた「セガン」偽情報。
 「無償教育」という言葉はセガンが書いた英語論文(1866年)の中に出てくるfree educationの訳語。教育の専門用語で、「自由な教育」と訳語をあてると、普通は、激しく怒られる。
 セガンの母語はフランス語だから、フランス語文献(セガン著)を漁っていると、une éducation libéraleという言葉が強く主張されている。これは「自由な教育」という日本語になる。「無償教育」というフランス語はこれとはまったく異なる。 
 ぼくの先行研究批判は、この言葉の検討から始まったと言える。
フランス時代を振り返って書いている英語文献の理解が「無償教育」。でも、セガンのフランス時代の文献にはそのような主張は一切無い。
セガンが白痴教育を開拓した時代には、未だ「無償教育」なる教育思想もきわめて未熟だし、当然制度もない。そう考えると、やはりセガンは「自由な教育」を主張したとしか考えられない。その言葉は、「管理・体罰・記憶・暗記主義」という時代風潮に強く反発したことから生みだされた言葉であり、教育の実際だった、ということ。」

 これに対する国語教育関連研究団体の会長氏の感想。

「本当の教育者なのですね。生活をどうしたかが心配になってしまいます。教育に本当に金がかかります。本代が…」

 ご自身の「一読総合法」がこんな感想を導き出しているのだとしたら、…???

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