ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

パリの自炊話 長話、怨念話

2018年10月19日 | 研究余話

 わがアパルトマン(世帯向けアパート)を旅先のねぐらにしようという「俄か友人」は結構多くいた。そういう人との会話から漏れてくる言葉「宿泊代飯代を浮かして、その分パリ土産にする」。他人様の懐のことなど興味がないので、あ、そう、と聞き置くだけだが、そういう言葉を吐くヤツに限って、無礼千万な態度をとったものだ。

 インコウと自称する、私と年齢差がほとんどない、初老の日本の中学校男性教師、生徒指導が得意だと、あっちこっちで吹聴しておられた。午前4時に「今ドゴール空港についた。すぐ迎えに来い。」という第一声から、インコウ先生の腐りきった生活ぶりが、わがアパルトマンで2か月間、続いた。
 パリ到着の日の夕食希望。
 「フランス料理を頼む!」
 「あのですね、ここはフランスですから、ふつうフランス料理になります、それがたとえ和食と言われるものであっても。で、どのようなメニューがご希望ですか?」
「フルコース!」
「お金渡しますから、適当なレストランに行って、召し上がってください。私は宿泊は請け負いましたが、料理人ではありません、先生。」
 典型的な内弁慶先生。とても怖くて外食できない、頼むからここで食べさせてくれ、という。オレの親父は○○という有名人と同期だった!という他人の褌を巻いて、これが自分だと自慢なさる方に限って、自分では何もできない。
 召し上がった数々の人たちにとても評判の良かったラパンスープ、ソテーでオ・モ・テ・ナ・シ。私は飲まないけれど来客用に保存しておいた赤ワインをサービス。一本(小瓶じゃないよ)全部、飲み切りやがった、その食事で!
 「うまい!こんなうまいものを食ったのは初めてだ!明日も頼む。」(「はいよっ!お安い御用で。」)

 数日後、何の肉だ?と尋ねるので、ラパンだと申し上げましたが、と答える。日本でも食えるか?普通の肉屋には並ばなくなりましたね、私の子どもの頃は安くておいしいので低所得者層の常食品でしたよ、私は、我が家で飼育していましたし、来客があるとつぶしてさばきました。毛皮は私の襟巻などにしました。」
 彼の「借りてきた褌」にはそのような情報はまったくなかったようで、同じ時代を同じ日本で生きてきたとは思えない、頓珍漢な会話になった次第。で、朝市にお連れ申して、陳列されている「ラパン」をお目にかけた次第。



 ラパンが「ウサギ」であることを知ってから、「褌」先生、まったく手を付けなくなった。ヘン!上流階級ぶるんじゃねえよ!
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