ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

セガンの白痴教育への執念は「変質狂」とみなされていた

2018年12月13日 | 研究余話
セガン、1846年著書より
「たとえ私が献身という名の偏執狂とみなされようとも、私は我が不幸な生徒たちを救うために思いやりの愛徳を訴え続けた。家族と共にいる白痴も、そうじゃない白痴も、よりよくなるなるために必要なことがすべて欠けている。金持ちは白痴の子どもを閉じ込め、子どもは望むことがすべてかなえれる。貧乏人は白痴の子どもを奪われ(川口注記:「1838年6月30日法(精神病者保護法)」に基づき、救済院・精神病院に強制収容されたこと)、子どもは改善の機会がないままにして置かれる。すべてはまがいものの生活を生きているので、白痴の子どもたちにとって、社会の、産業の、生き生きとした原動力、すなわち人間の伝達手段を理解するために決して有用なものとはなっていないのだ。衛生状態がすでに整ったような世話や教育の恩沢を彼らが受けとることができる所に欠けている。ほとんどすべてが白痴すなわち孤立状態ではなくなる可能性がある。そう、白痴たちは、社会の中にあって、孤立させられているのだ。たとえ、彼らのために、彼らの劣った状態に応じて為しもたらしたものが、彼らの欲求を満たし、恵まれて長寿を確実にするとしても、だ。ベルギーで、プロイセンで、スイスで、私の方法が適用されている。かように、多くの人が、地方色に応じて、白痴症の分野において戦いを果敢に進めている。フランスでは、白痴への愛顧は何も試みられてこなかった。私に関してはと言えば、白痴症の人びとに対して、ずっとひとりで、献身し続けてきたのだ。」
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