ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

セガンにとって、1830年革命とは何であったのか。話題提供準備中。

2018年12月04日 | 研究余話
 エデュアール・セガンを材料にして、青年期の自立問題「第二の誕生」の話を、近々することになっている。

 その一つの「舞台」が、フランス、1830年7月革命。添付写真は、ドラクロアの「民衆を導く自由の女神」油彩画、あと一つはバスティー広場に高々とそびえる「7月の円柱」。
 前者の絵画には、この革命が、フランス史で初めて、あらゆる階層からの革命参加がみられたことが象徴されて描かれているし、後者には、この革命成功に功労あった戦死者名が綴られている。




 セガンは国王から功労賞を受けるほどの積極的な革命参加であった。それは、セガンの生育史にとって、どのような意味があったのだろうか?
 セガン研究史で全く取り上げられることの無かった7月革命への参加を、私は、著書(2010年上梓)で初めて指摘した。そこにはセガンが勇猛果敢に戦った証がある、と触れただけで、消化不良のまま。その後どなたも検証なさっていない。
 で、今回の機会で、セガンの生育史にとってどのような意味があるのか、について触れてみようと思う次第。

 受けるわけないけど、語っておきたいと、目下、準備の最終作業中。
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