ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

セガン生育史論(2) 過日の講演会ばなし

2018年12月12日 | 研究余話
【過日の講演会ばなし】

 主催者自身による名物AI連続講演(今回は「問題解決」の構造)から始まり、次に5歳のお嬢さんのカンボジア紀行話(形式は作文発表)、続いて私、最後が地域医療の立場(大学医療センター)から2050年問題。私の歴史話は、やはり、異例である。
 さて、私のこと。お嬢さんの、堂々とした「発表」スタイルは、何度も練習を重ねてこられたなあ、と感じさせられ、5歳か、5歳…俺の5歳はどうだったか?あれ、記憶に全くないぞ、人生最初の実感的記憶は小学校2年生の時、絵を教えていた先生に、思いっきりほっぺたをぶん殴られたことだ。そのほか、記憶の様なものは、伝え聞きによるイメージ形成。
 私の「講演」の順。話のツールとして自著などをテーブルに置き、PPをセッティングしていただいている間に、用意した原稿の導入部分をすっかり、頭の中で書き換えた。

 「私の5歳」とセガン研究との接点。発達未熟ゆえの無能力(身内からもご近所からも言われた「オシでツンボでイザリのアホ」時代を生きた、その意味をセガン研究で知ったこと。

 あとは野となれ山となれ~ な、講演でした。
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