ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

戦前生活綴方史考

2018年11月21日 | 研究余話
戦前生活綴方史考ー「戦前生活綴方は反権力の民主教育実践であり理論であった」と強弁なさる先生への書簡

 戦前の初等教育界に「生活」ということばが持ち込まれた。身近なことから訓育陶冶(教育)すべきという国民(臣民)教育政策に端を発してはいるが、教科書一辺倒の効率的伝達と異論なき価値指向の教育を行っていたそれまでの教育現場に、教科書以外の「価値」が教室の中に流れ込んできた。子どもたちが自分の「生活」を語り出したからである。
 ところが、昭和期に入って、これがいかんと、内務官僚達は考えた。統制的価値体系に風穴が空くと恐れたからだ。それで、子どもたちに「生活」を語っている教師を「治安維持法違反容疑」ないしは「治安警察法違反容疑」で取り調べ始めた。
 もともと日本の小学校教師は、気が小さい、世間体を気にする、従って「お国」に忠実な人々が多かったのだが、警察に取り調べられる、それはイコール、「お国」に疑問を持たれるような人なのだ、という烙印を押されるのを恐れた。それで、先走りして、「取り調べられるようなものはこれだろう」と自己判断をして、慌てて焼却処分をし、身ぎれいにした。こういう教師群の中にはとても有名な「生活綴方教師」と言われる人も存在する。長崎の近藤益雄は自身がそう文書で公にしているから、ここに書いていいだろう。
 さて、どんなことを教師達は恐れ、内務官僚達が目を向けたのか。農業労働場面を綴った作文や詩などは特に目を付けられた。「農民が一揆の相談をしている、子どもをそういう非国民農民に育てようとしている赤い教師だ」というレッテルを貼るために(三重の実践家T氏の取り調べ例)。内務官僚にとっては、それが事実でなくていい、国民(臣民)がそういう事例を知り、反ないし非国家的感情とはこういうことなのだ、と知らしめることであり、同時に、公言させないことが狙いだからだ。この風潮は現代も生きていますね。「人がどう思うかと考えるとものが言えない。」と。
 あと、N研究会で私は、なぜ「生活綴方」と言わないのですか、この研究会で実践・討議されている「自由作文」は、理論的にも実践的にも、生活綴方と同じですが、と、その研究会の副委員長様に尋ねたら、「生活綴方はイデオロギーで満ちているから」との回答がなされた。はぁ~、特高と同じジャン、この先生の頭んなか。
 生活綴方は子どもの自由で柔軟な思考を最高の宝物にした(している)のですがね。
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