ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

誤訳、誤読、低学力、権威主義の世界で扱われる「セガン」さん

2018年11月27日 | 研究余話
今日もうるさくセガン話

 「セガンは折檻などしてるんですよ。」
 さも悔しそうに、そう、たとえて言えば、信じ切っていた愛する人に手ひどい裏切り行為をされた風情で、私にセガン案内のレクチャーをくださった。この方をS先生とお呼びしよう。
 S先生がその論拠として使用した文献は、N先生の手になる、セガン実践記録論文(1842年)の邦訳書。

 この数年後、フランス特殊教育研究所蔵書になる原典をコピーで入手し、該当箇所を読んで驚いた。1.セガンが子どもの教育訓練を引き継いだ際に、前任者が綴っている箇所であった。つまり、セガンの言葉ではない。2.その個所の概要は、子どもがベッドのシーツをかたす作業の際に看護助手が手助けをしようとして逆に、子どもはシーツをめちゃくちゃにしてしまう。どこに虐待があるんでしょう?

 翻訳の不正確さ、あるいは誤訳、それに端を発していることは間違いないが、その翻訳でさえ丹念に読めば、セガンの言葉(記録)でないことは読み取ることができる。つまり、S先生の誤読も大きく働いている。

 こういったことをS先生、N先生に直言できない研究世界という事情が、正確なセガン研究から遠ざけてしまった。N先生はすでに故人故、S先生に直言申し上げたが、「あなたはフランス語学力が十分でないと自認しているのでしょ?プロ中のプロのN先生の訳文にいちゃもんを付ける気ですか?」と、取り上げられなかった。つまり、私のフランス語学習歴も災いしている。

 一番哀れなのは、セガンさん。やっぱり、なんだかんだと(「何をいまさらセガンか!」)揶揄する人たちがたくさんがいようとも、本当に愛するのならば、セガンさんの名誉回復の必要はあると、ぼくは思っている。S先生は学会賞を受賞されたことで、「何をいまさらセガンか!」の世界に安住しておられるのだが。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 思い出:フランス・パリ生活... | トップ | 歴史の一コマの謎解き »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。