ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

【知的障害教育の開拓者エデュワール・セガンの開いた[学校]について】

2017年11月24日 | 研究余話
 セガンは1840年が開けてすぐに、〔フランス・パリ〕ピガール通り6を住所とする教育施設を開いた。子どもの数はわずか3人。重複障害を持つ知的障害児童たちだ。この学校でのことはほとんど史料も残っておらず詳細は不明だが、文部大臣の認可を得ているので私塾ではない。その認可過程に関しては拙著『知的障害教育の開拓者セガン~孤立から社会化への探究』〔新日本出版社〕、『一九世紀教育のための戦い セガン パリ・コミューン』〔幻戯書房〕で綴った。今後さらに、史料を求めて、史実をつまびらかにしていきたいと考えている。
 ところで、この学校は、私立学校種に属するわけだが、当事史料の中に、「イニヴェルシテ(Université)の監督下に置かれる」ことが示されている。そういうシステム下にあるのは、[(当時の私立学校種では、)唯一の学校だ]と記録する文書も存在する。Universitéを仏和辞典で調べると、1.大学〔総合大学〕、などとなっており、セガンのこの学校のことを説明する言葉ではない。義務学校[小学校]ではないし、今日でいう専門学校でもない。まさに、特別な子どものための、特別な内容と方法とによって教育される学校であった。ただ、公的な認可を受けたという意味では公教育の範疇に入るだろう。とはいっても、課程修了認定があるようなシステムはない。
 
 この種の専門的な学習はまったく積み重ねてきていないから、お手上げというのが現状である。この意味でも、まだまだセガン研究は終わっていない。
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