世田谷区議会議員・田中優子の活動日誌

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邪馬台国、卑弥呼の墓?!

2009年05月30日 | 政治&社会情勢


昨日のニュースで、「奈良県の箸墓古墳が卑弥呼の墓である
可能性が強まった」ということが報道されていました。

私は、平成19年10月12日の決算委員会で、古墳の質問をして
いるのですが、その時とりあげた「纏向(まきむく)古墳群」の中に
今回の「箸墓古墳」があるんですよね。

纏向古墳群は、奈良県の桜井市にあって、その中の最大の古墳
が箸墓古墳で、それが卑弥呼の墓と言われている、のです。

でも、実は、あの時(平成19年)すでに、「卑弥呼の墓のことは
わかっている。あとは、そのことをいつ世間に知らせるか、だけ」と、
専門学芸員の間では言われていた、ということだったんですよ。

その日が昨日だった、んですね、きっと。

以下は、「平成19年の決算委員会」での私の質問の冒頭です。
(会議録より)

◆田中 委員 
おはようございます。それでは、せたがや政策会議の質問を
始めます。

まず最初に、歴史を学び、文化を継承するということで、世田谷区
にある野毛大塚古墳について伺います。

先日、邪馬台国論争で有力視されている奈良纏向遺跡で、大量
のベニバナの花粉が三世紀中ごろの溝から出土していたことが
明らかになりました。最近、考古学は、科学的な分析や技術の
導入が急激に進んだことによって、今までよくわからなかった
三世紀から七世紀にかけての日本の歴史の解明が進んでいます。
そのおかげで、遺跡に対する認識も改められようとしています。

さて、奈良県の纏向遺跡ですが、報道によりますと、邪馬台国を
記した中国の史書「魏志倭人伝」に、女王卑弥呼が赤いシルク、
絹を中国に贈ったという記述があり、その染料に使われていたこと
を裏づける発見の可能性もあるとのことです。

卑弥呼といえば、私はことし、佐賀県の吉野ヶ里歴史公園を訪れた
のですが、ここは「魏志倭人伝」に出てくる邪馬台国の時代を彷彿
とさせる建物跡などが発見されたことで全国の注目を集め、今、国
の特別史跡にも指定されています。

邪馬台国と卑弥呼のなぞもさることながら、私は奈良県纏向遺跡
の報道を目にして、当時の社会や人々の生活がどのようなもので
あったか思いをめぐらし、歴史的なロマンにひとときひたり、胸が
躍るような思いがいたしました。

そして、遺跡といえば、世田谷区にも多くの遺跡があります。
中でも野毛大塚古墳は、考古学においても、当時の日本の社会の
形成状況を知る上で大変重要な発見であったと聞いております。


…以下、世田谷区内にある「野毛大塚古墳」の維持・管理について
の質問が続きます。詳細はこちらをご覧ください。

この質問の後、「野毛大塚古墳」の保全が進み、「古墳まつり」も
開催されるようになりました。

ぜひ、世田谷区の大切な文化遺産として多くの方々に知っていた
だけるよう、きちんと維持・管理してもらいたいと思います。

できれば「古墳まんじゅう」とかお土産品も作って販売し、お茶
が飲める場所(「古墳カフェ」とか!)も整備し、観光スポットと
して楽しめる場所になるといいのに、と思っています。


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