Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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マンガライ工場(Barai yasa Manggrai)に訪問 その⑦

2011-10-30 23:37:59 | インドネシアの鉄道
一連の103系の全検風景を見た後で、次に気になるのは、やはり203系の動向です。
既に2編成共に工場内に居る筈でしたので、S様に聞いてみたところ、作業が遅れ1編成しか到着していないそうで、
残りの1編成については、この後、午前11時にマンガライ駅に到着するとの事でした。

この機会に撮らねば!!と思いましたが、11時にデポック電車区に訪問する約束をしていたのと、カメラが
壊れていた事を思い出し、折角のチャンスでしたが泣く泣く諦める事にします。

とりあえず既に到着しているマト69編成まで案内して頂くと、まだ入換DLに連結されたままの姿で、工場端の側線に
留置されておりました。

反対側の先頭車まで案内して頂きますが、木々が生い茂り入るのに一苦労です。

やっとの事で到着した側線から、マト69編成の前面を撮影。

もう少し引いて撮ろうと思ったのですが、木々が邪魔で思うようには撮れません。

前面に貼られたNのマークは「新潟」から輸送と言う意味なのでしょうか??

側線内の敷地はとても狭かったので、諦めて戻る途中、開けた場所を発見するもこの程度の撮影が限界・・・・

こうして木々に囲まれた203系を見ると、「本当にインドネシアに来てしまったんだな~」と改めて実感しました。

因みにこのマト69編成ですが、現在はデポック電車区に回送され営業開始を待っているとの事です。
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マンガライ工場(Barai yasa Manggrai)に訪問 その⑥

2011-10-28 23:04:26 | インドネシアの鉄道
屋外に置かれた休車中の車両達を見た後は、その後方にある検修庫へ訪問してみる事にしました。

日本に似た建屋が並ぶのデポック電車区とは異なり、古くからあるこの工場は、建物のカラ-リングが独特ですね。

検修庫内に入ってみると、こちらは塗装職場だったようで、103系と6000系が入場中です。

先ほどみたE21編成のクモハ103-105を発見、妻面を見る限り塗装が終わっている様子でしたが・・

前面に回ってみると、側面共々下地処理のままでした。

前回、デポックで休車中の姿を見た時は、外板のあちこちが剥げデコボコの無残な姿でしたが、見事に補修が
されております。これだけの外板補修技術があれば、ステンレスカーの中古車に拘らなくても良いのでは・・・・

車内を除いてみると、シートや化粧板の一部も外され徹底した整備が行われている模様です。

見慣れたオニギリ形の吊り革も、新品と交換のためもう直ぐ見納めですね。

方向幕は何故か東京行き・・・・

って、方向幕窓のマスキングを忘れ吹き込んでますよ~(汗)

モハ102-231は塗装も終わり、艤装作業を待ちでした。

次に訪問する頃は出場し、E27編成に続き東海色纏いジャカルタの街を快走している事でしょう!!

この後に続くE20・E22編成の東海色も楽しみでなりません。
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マンガライ工場(Barai yasa Manggrai)に訪問 その⑤

2011-10-27 23:13:37 | インドネシアの鉄道
6182Fの後方に6000系らしき車両が見えたので、近づいてみると・・・・・一昨年、ボゴールで追突事故を
起こした、6151Fの中間車が無残な姿のまま留置されておりました。

妻面が大きく破損してしまった6155号車、補強のために当てられた鋼材が何とも痛々しい。

そして同じく6252号車、既にドアやクーラーを始めとした一部部品が外されております。

もう既に部品取り車といった位置付けなのかも知れませんね。

このユニットが復旧出来なかった理由の一つが、6252号車の台車の損傷でした。

現在は貨車用の仮台車を履いていますが、わざわざ車体を残しているのは、復活を目論んでいるのかも?
スタッフの方のお話によると、台枠は直せたけど、どうしても台車だけは直せなかったとか・・・

その後ろにはHITACHIことKL97系が何故か3両編成で留置中です。

通常は4連なのですが、パンタ無し中間車が1両外れた状態でした。

この形式も実働しているのは4+4の8連1編成のみ、今後の去就が注目されます。
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マンガライ工場(Barai yasa Manggrai)に訪問 その④

2011-10-26 23:53:54 | インドネシアの鉄道
検修庫の有効長が4両分程度しかなせいか、クハ103-632以下、E27編成の半分は屋外にはみ出て留置中でした。

この当時は、前面帯中央にJABOTABEKのZロゴが入っており、少し残念に思ったのですが、営業運転が開始
された際には、ロゴが撤去されましたので貴重な光景だったのかも知れません。

お隣にはこちらも全検入場中の都営三田線6000系の運転台増設車6182Fが留置中。

どうやら2両のみ、車体の塗装が完了した模様で、前回の出場時は黄色をメインとした配色でしたが、今回は
緑をメインとした新塗装に再変更されました。

更にその先には、KL76~84系の車体更新車「Djoko Lelono」の姿も

2年前、徹底的に修理され新車同然の姿でデビューしたこの編成でしたが、出場後すぐに自動ドアが故障し、
ここ最近は満身創痍といった感じの状態でした。ですが今回の入場で再び綺麗な姿を取り戻す事でしょう!!


つづく
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マンガライ工場(Barai yasa Manggrai)に訪問 その③

2011-10-25 23:48:57 | インドネシアの鉄道
ご案内して頂いたS様に連れられ、工場の中をどんどんと進んで行くと、先ほどの最新車両KFW I-9000系が
留置されていた側線の隣の検修庫にて、見慣れた妻面を発見致しました。

103系のお隣は、ボゴール-スカブミ間を結ぶ「ブミグリス号」用のMCW301系気動車です。

検集庫の建屋内に入れて頂くと、東海色へ塗装作業中のケヨE21編成サハ103-246の姿が・・・・

武蔵野線に転属する前は常磐快速線で活躍していたこの車両、松戸電車区を離れて20数年後に、まさか
異国の地で203系と再会するとは夢にも思わなかった事でしょう!!

そのお隣にはクハ103-597が連結した状態で留置されておりました。

塗装も終わり、後はマスキングの新聞紙を剥がすだけの状態です。

このクハ103-597は前面に運番窓が残るので、より東海色が似合いますね。

ここまでくると、東海車に多く見られたステップ上の通風孔蓋を取り付けたくなります(笑)

その対面には、前日に試運転中の姿を撮影したケヨE27編成が止まっておりました。

この編成につきましては、Asian Railway Plazaでお馴染の井上様のブログにてご紹介されていた通り、
現在はクーラーも取り付けられ営業を開始し、4連でタンジュンプリオク線運用に就いている様子です。

つづく
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マンガライ工場(Barai yasa Manggrai)に訪問 その②

2011-10-24 23:58:03 | インドネシアの鉄道
無事にゲートから構内へと通された後は、応接室でBさんからご紹介頂いたS様と無事にお会いする事が出来ました。
何処へ行きたいかと聞かれましたので、103系が見たいとお伝えしたところ、早速ご案内して頂ける事に!!

広い構内を入って行くと、まず目に付いたのがこんな光景。

真っ赤に錆びた客車や貨車が死屍累々と留置されております。

火事で焼けてしまったのか、中には車体が台枠から歪んでしまった客車も・・・・

見事な程に真っ赤に錆びてはいますが、未だに車籍はあるのだとか??

客車の奥にはVVVFインバーター制御のHOLECも大量に留置中でした。

現在、KRDE(電気式ディゼルカー)化が行われているとの事で、やがては全てが改造される予定だそうです。

良く見ると一部車両はブルーのままなので、新製から程なく休車となってしまったのかも知れませんね。

しかし新車から僅か10年でこんな姿になってしまうとは・・・・・

休車中の車両達を過ぎると、いきなり最新鋭の車両が出現!!

つい先日、入線したばかりのKFW I-9000系です。

リンクさせて頂いているkresana8039様のブログにて、コタ駅で行われた就任式の様子が紹介されておりましたが、
その後は未だ営業に就いていない様子でした。

つづく
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横浜ベイスターズに地元愛を!!

2011-10-23 23:37:49 | 京浜急行1000形
リンクさせて頂いている「地味鉄庵」のおっとっと様も記事にされておりましたが、昨年からゴタゴタし始め
た、横浜ベイスターズの身売り問題、どうやら某携帯ゲーム会社による買収が濃厚となって参りましたね。

98年の優勝以後、2000年頃まではAクラスを確保出来たのですが、そこから先は暗黒の時代が到来・・・・
監督は頻繁に代わり主力選手はFA流出、あげく功労選手もあっさり戦力外と、ファンにとってはあまりにも
寂しいニュースが続きました。

その間、ゴタゴタの末に親会社がマルハから〇BSに変わりましたが、関内駅構内に選手の大きな看板が
出来た位で、大きな戦力の変化も親会社による試合のテレビ放映も無く、ここ数年はずっと最下位・・・・・

そう考えると子供の頃、応援していた横浜大洋ホエールズ時代の方が、まだ強かったような気がします。

2010年夏に行われたリバイバル運転ならぬ、リバイバルユニホームでの一コマ、
私は未だに、この横浜大洋ホエールズ時代のユニホームの方が好きですね(笑)

2008年シーズン中、突如、戦力外通告を受け引退した「鈴木尚典」の引退試合

2009年のオープン戦、横浜優勝の立役者は大雨のなか、最後の打席で見事ホームランを打ちました。
思えば1998年、甲子園で行われた優勝決定戦、私は仕事帰りに大手町のマルハ本社前に行き、ファンが
置いたゲリラ的な街頭テレビで警察官に囲まれながら見てましたっけ(笑)

そして○バゲーの買収が確定的となった数日前、突如救世主が出現!
京急・相鉄・ミツウロコをはじめとした地元横浜の企業連合が買収に名乗りを上げました。

良く良く見ると、この青い2100形はベイスターズのユニフォームカラーそのままっ!!
車体をくねらせ颯爽と走り去る姿は、かつてベイスターズが誇った機動力野球ともオーバーラップします。

通常の書店でも売っていなかった「月刊ベイスターズ」や、怪しげなドリンク「湘南シーレックス」を売店で売って
いたのも京急だけ!!そんな地元愛溢れる企業にこそ是非ともベイスターズのオーナーになって頂きたいものです。

来年の今頃は「KEIKYU BLUE SKY TRAIN」ならぬ「KEIKYU BAYSTARS TRAIN」が走れば良いですね。
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マンガライ工場(Barai yasa Manggrai)に訪問

2011-10-21 23:14:00 | インドネシアの鉄道
昨夜の悪夢から一夜明け、目覚まし時計をセットしておいた朝6時に起きると、強烈な頭痛と腹痛に襲われます。
この日は朝8時にマンガライ工場へ訪問する約束をしていたのですが、あまりに体調が悪かった為、いっそこの
ままホテル寝ていようか?という考えが、ふと頭を過りました。
でもそれは、私のためにわざわざ頭を下げてくれた、友人のBさんの顔に泥を塗る事になってしまうのでは?と
思い、正直気乗りはしませんでしたが、意を決して出発する事にします。

ホテルのテーブルには濡れてしまったパスポートやお金を乾かすために並べ、既に乾いていていそうな
カメラを見て、一か八かでバッテリーを積め、電源を入れてみましたが、結果はやはりダメでした(涙)


睡眠不足で朦朧とするなか、7時前にホテルを出て徒歩でジャカルコタ駅に行き

エコノミーに乗って目的地のマンガライ駅へと向かいます。

コタからマンガライ駅は、日中ならほんの20分程度で着きますが、朝のラッシュ時だったので遅延を見越し
少々早く出発したところ、やはり正解だったようで、マンガライ駅に着いたの7時50分頃でした。

駅から工場まで、線路を歩いているとボゴール方面からコタ駅に向かう8039Fと遭遇。

白幕は何とも味気無い・・・と思ったら、反対側のクハ8040は幕すら有りません(涙)

私が前日「8039Fをデポックで撮りたい」と無理を言ったところ、Bさんは関係各所に連絡して頂いたようで、
この日のラッシュ輸送後、デポック電車区に入区する運用に、わざわざ差し替えて下さったそうです。

体調が悪く足取りも重いなか、何とかマンガライ工場に到着。

電車区に比べセキュリティーがとても厳しく、パスポートの提示が必須で、許可証が無いと入れない場所と
聞いておりましたが、Bさんのお陰で、詰所で私の名前を言っただけで、担当の方まで案内して頂きました。

つづく
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JR203系マト69編成に初乗車!!

2011-10-20 23:30:23 | インドネシアの鉄道
タンジュンプリオク・パソソ駅からマンガライ駅まで、機関車牽引による203系の回送列車に乗せて頂け
る事になったのは良かったのですが、出発予定の時刻の10時30分を過ぎても何故か出発しません??
翌日は朝早くマンガライ工場に訪問予定だったので、一刻も早くホテルに戻りたかったのですが・・・
でも日本時代のままの203系の車内に居るだけで、安堵感と共に緊張の糸も解け、眠くなってきます。

11時過ぎ、やっと列車はパソソ駅を出発。
貨物線をマンガライへ向け走行して行きますが、途中、線路敷地内で列車の通過を待つ人達がドアや
車体を一斉に叩き、何とも不気味な音が暗闇の車内に轟き、一気に目が覚めました。

特にその後通過したタンジュンプリオク駅の外れでは、ピンク色に輝く猥雑なテントをはじめ、沢山の
人達が線路敷地内で屯しており、この時間に歩いて帰らなくて良かったと痛感させられました。

その後、列車は環状線内に入りますが、ここでも多数の人が線路内に居るようで頻繁にタイフォーンを
鳴らしながらゆっくりと走行します。

せっかく線路内で寛いでいたのを邪魔された腹いせか?列車への投石も多く、窓を開けていたら車内に
石が飛び込んで来て、O様と一緒に震えあがりました(笑)

やがて列車はジャティネガラ駅に到着。

マンガライに行くには、この駅でエンド交換が必要なため、機回しを行うかと思い下車して撮影していると
スタッフの方から「早く車内に戻って来~い!!」との指示が??

まだ機回しが終わってないのに一体何故?と思ったら、おもむろに貫通扉を開け始めます???

理由を聞くと、何とここからマンガライ駅までは、推進運転で行くとの事。良く見ると照明は懐中電灯のみ(汗)

駅を出て直ぐの辺りは照明もあり、比較的明るかったのですが、

しかしマンガライ駅に近付くにつれ、沿線の明かりも少なく車内は暗闇に・・・・・

乗務員室にお邪魔し、どんな状況か?前面の貫通扉から眺めていましたが、一家揃って線路上で寛ぐ家族や、
大音響で鳴り響く音楽に合わせ線路上で踊る若者達など、我々の常識を絶する光景が繰り広げられておりました。

ヘッドライトも車内灯も点かない列車が、いきなり無音のまま近づいて来たので、きっと驚いた事でしょう!!

真っ暗闇だった地帯を抜け、街の明かりが見え始めると

終点、マンガライの駅はもう直ぐそこです。

現地時間の午前1時、私達を乗せたマト69編成は無事マンガライ駅に到着。

パソソ駅を出て約2時間、こんなに時間がかかるとは思いませんでしたが、お陰で少し服が乾きましたね(笑)

お世話になったスタッフの方々にお礼を言い、ちょうど駅前に止まっていたブルーバードタクシーに乗って
帰ろうとしたのですが・・・・・何とこのタクシーが社名の書いていないニセモノタクシーでした。

その後、マンガライデパートのマック前まで行きタクシーを待っていると、エクスプレスタクシーがやって来たので、
先にO様に乗って頂き、私も次にやって来た同じエクスプレスタクシーに乗りホテルまで戻る事にします。

しかーし、私が止めたタクシーはエクスプレスタクシーと同じカラーリングながら社名の無いニセモノタクシー(涙)

ホテルのあるグロドックまでの運賃を聞くと10万ルピア(日本円で1000円)と吹っ掛けて来ます。
眠いしウザいし、もう10万ルピアでも良いかとも思ったのですが、いくら何でも高すぎる・・・と
せめて4万ルピア位まで値切るため、付いていたメーターを指差し「メーターの金額が4万ルピアを超えたら
払ってやる」言ったら、意外にもあっさりOKしてくれたので、結局そのまま乗車しホテルに戻りました。

ホテルに帰り、就寝したのは午前3時過ぎ・・・・・今まで訪問した中で一番長く疲れた1日でした。
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JR203系マト69編成との再会!!その⑥

2011-10-19 23:39:46 | インドネシアの鉄道
川から這い上がりずぶ濡れのまま、同行していた日本人のO様の元に戻ると、呆気にとられているご様子・・・・
「やっちまいました~」の一言と共に、顛末をお話したところ、カメラを始めとした被害状況の確認や、水没した
際の対処方法などを冷静に教えて頂いた上、乾いたタオルまで差し入れて下さり、お陰で九死に一生を得ました。

改めて被害状況を確認してみると、愛機のニコンD300と携帯電話は水没により電源が入らなくなり使用不能に・・
そして、パスポートや日本円の入った財布、帰りのEチケットの入ったファイルまでもずぶ濡れです。
普段ジャカルタに滞在する際は、パスポートや日本円の入った財布は、必ずホテルのセキュリティーBOXに
預けて来るのですが、今回は初めて泊るホテルだったので、念の為に全てを持参して来たのが見事裏目に(涙)
でも白レンズやサブ機として持参して来たソニーのコンデジは、ケースに入れていたのが幸いし、ケース自体は
かなり濡れていましたが、本体のダメージは少なくコンデジの電源も無事に入りました。

デジイチが逝ってしまったショックから、がっくりと肩を落としていると9号車のモハ203-126が到着。

「コンデジが無事だったんだから撮りましょうよ」というO様の一言で我に帰り、服が濡れたまま撮影を続行します。

そして、いよいよ最後部となるクハ203-109が運ばれて来ました。

この時点で時刻は現地時間の10時過ぎ、予想以上に遅くなってしまい、ホテルまでの交通手段が心配になります。

やがて10両全ての組成が完了!!遅くなってしまったので、KCJのスタッフにこれから帰る旨をお伝えしたところ

組成が完了したマト69編成を、この後マンガライ駅まで輸送するから、一緒に乗ってマンガライまで行き、
そこからタクシーに乗って帰りなさいとの、とても有難い言葉をかけて下さいました。

お言葉に甘え、到着したてのマト69編成に乗り込むと、まず濡れた服を手すりに干して乾かす事にします。

しかし、よりにもよってインドネシアに到着後、初めて乗せた乗客が、こんなおバカな日本人だとは・・・・
きっとマト69編成もお嘆きだった事でしょう(笑)

つづく
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