Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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JR203系マト52編成インドネシアへ②

2011-06-30 23:20:44 | インドネシアの鉄道
少々間隔が開いてしまいましたが、203系マト52編成の甲種回送の続きです。
前回同様、重連DE10に牽引され、藤寄駅に到着した203系は直ちに機回しと入換を開始。

搬出用のクレーンの下までゆっくりと移動します。

吊り上げ開始まで、また時間がかかるのか?と思いきや、今回は手際良く編成をバラし始め

以外にも短時間で作業が開始されました。流石に3回目ともなるとスムーズに作業が進みますね。

先頭車の積み込みを見送った後は、たまたま横で撮影されていた地元の方に案内して頂き、
先に搬出され、新潟東港に留置中のマト66とマト51編成を見に行く事にします。

非常に解り難い場所でしたが、案内して頂いたお陰で何とか辿り着く事が出来ました。

埠頭内にズラリとならぶ20両の203系、それはそれは壮観な風景です。

こんなに綺麗に並んでいると、まるで鉄道模型でも見ているかのようね(笑)

当初の予定では20両の譲渡だった203系ですが、今回の輸送をもって、それを上回る30両の輸出が確定しました。

更にこの先、輸出されるのかどうか?05系共々目が離せませんね。
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惜別!!東急7700系7913F

2011-06-29 23:39:55 | 東急線
今月初めにやって来た最新鋭の東急7000系7107F編成ですが、先週頃から頻繁に試運転を行っており、

営業開始に向け、着々と準備が進んでいる様子でした。一方で代替廃車になる編成は一体・・・・??

長津田に回送された7700系のトップナンバーの7901Fが落ちるのでは?と思っていたのですが、
7901Fは全般検査を受け、タッチの差で全検時期の遅かった、更新車編成の7913Fが廃車となる様子です。

しかし今朝も、13ウにて元気に営業運転中。このまま延命して欲しい!!そう願ったのですが・・・

数時間後、願いも虚しくデヤ7200をお供に回送のLEDを出しやって来ました。

一見、何の変哲も無い営業列車に見えますが、最後尾には派手車の姿が・・・・

蒲田駅にて転線後、今度はデヤ7200を先頭に多摩川線を走り長津田へと目指します。

数日前、このデヤ7200の後継車も発表されましたので、日常的に見られたこんな風景も、もう直ぐ見納めに・・

通い慣れた多摩川線を去ろうとする時、見事に咲いた紫陽花の花達が最後のお見送り。

もう2度とこの場所で遭えないかと思うと寂しいですね。

7713号車の前身は旧7000系の7020号車、貫通8連で永らく日比谷線直通に活躍した編成でした(1989年撮影)。

7000系時代から、何かと思い入れの多い編成だっただけに、今回の引退は残念でなりません。
永い間本当にお疲れさまでした。

さて話は変わりますが、本日、6月29日はジャカルタでの急行運用最後の日となったそうです。
明日6月30日からは全列車が各駅停車となり、同じ各駅停車でも車両によってJABOTABEK運行のEKOMI ACと
KCJ運行のCommuter Lineで運賃が異なるそうで・・・・
何はともあれ、速達性が最大の売りであったパクアン急行やブカシ急行が、こうもあっさり無くなってしまったのは、
どうにも腑に落ちませんね。情報を提供してくれたKresna8039君 Temah kasi atas!!
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東急8007F 伊豆の夏からインドネシアへ

2011-06-26 23:36:57 | 東急線
現在、デポック電車区にて2度目の全般検査中の元東急8007Fですが、地元ジャカルタのレールファン
Kresna君のお話によると、両先頭車が8613Fのような女性専用車仕様になっているとか!
以前、東急でも横浜方先頭車が終日女性専用車だった時代も有りましたが、利用者からしてみると
大ブーイングで、結果的に短命に終わりましたっけ・・・・
ジャカルタでも朝・夕ラッシュ時のみの時差方式に変更されれば良いのですが・・・・

そんな8007Fですが、この編成がジャカルタに行ってなければ、恐らく他の東急車の譲渡も、
きっと有り得なかったでしょう!!

2005年に運転された「伊豆のなつ号」運転終了後、ドキドキしながら去就に注目したのを思い出します。

確か1箇月近く運転された「伊豆のなつ号」でしたが、土日は仕事だった関係でなかなか撮影に行けず
何とか行けたのは、実質この1日だけでした。

鶴見川で離合する8007Fと更新車8019F、あれだけ大嫌いだった歌舞伎塗装の8000系も今は懐かしいですね。

「伊豆なつ」運転終了後、川崎市営埠頭に留置中の8007F。
某鉄道車両メーカーに勤務している友人から、8007Fがインドネシアに譲渡されると聞いた時は正直、驚きました。

海外譲渡の話は聞いていたのですが、当時タイのバンコク国際空港へアクセスする鉄道が日本の中古電車を導入する?
なんて話を聞いていただけに、タイかマレーシアか、意表をついて台湾か~?などと妄想していただけに・・・・

現地に到着した当初、早速行かれた故とらえもん氏が現地のインターネットカフェから、東急系掲示板にローマ字で
試運転の様子を投稿され、回生ブレーキが使用されている!!など、ドキドキしながら読んだのを思い出しますね(笑)

そんな8007Fもインドネシアで活躍し始めて6年目、中断していた東急からの車両導入も来年度から再開されると聞きます。
出来る事ならば、8590系や8090系なども行ってくれれば嬉しいのですが・・・

実際はどうなる事でしょう?副都心線と直通を開始する来年が楽しみです。
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東京メトロ05系04Fもジャカルタへ

2011-06-24 23:05:47 | 東京メトロ東西線線05系インドネシアへ
つい先日、東京メトロ東西線05系05Fが船積のため、行徳分室より搬出されましたが、続いて04Fも搬出された?
との情報が入りましたので、早速川崎市営埠頭に訪問して参りました。

川崎市営埠頭内は入れませんので、お隣の”ちどり公園”から望遠レンズで覗いてみると・・
あれっ1編成のみの留置?04Fは未だ到着していない様子??

と一瞬思いましたが、手前に置かれた先頭車はまだ台車を履いておらず

行き先幕も”回送”表示(奥の車両は中野表示!!)という事は、これが着いたばかりの05-004のようです。

奥には、先日搬出を見送った05-005号車の姿も発見しました。

これで05系の導入は7編成目、このペースだと05系がJABOTABEKの主力車両となる日も遠くなさそうですね。

東急ファンとしてはちょっと複雑です・・・・
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惜別!!首都圏の201系

2011-06-23 23:16:21 | 想い出の国電
あまりにも身近過ぎてロクに写真を撮っていなかった201系ですが、京葉線に残った最後のグループもとうとう引退するとの事で、
ヘッドマークも付き、沿線はどこも大フィーバーだったようですね。
先日、東京メトロ新木場CRに行った帰りに、丁度やって来たのですが人の多さにウンザリし撮る気が起きませんでした。

そんな201系ケヨ54編成も、本日とうとう廃車回送・・・・最後に通い慣れた総武緩行線を通って回送されるとの事。
せっかくなので御茶ノ水の聖橋まで行き、最後の姿を見送って参りました。

水色になって戻って来た201系、幾度となく通った総武線神田川橋梁とも、今日でお別れですね(涙)
しかし今日の聖橋、人大杉でした(苦笑)こんなに人が集まったのは、神田明神のお祭り以来かも?

総武緩行線時代の201系の写真は無いかな~と探してみたところ、秋葉原駅で撮影したカットを発見!!

ところで、この"ミツ13編成"って、その後何処へ転属したのだろう?と思い、三鷹電車区の配置表を調べて見たところ・・
なななっ何と、偶然にも本日廃車回送されたケヨ54編成+K4編成の前身がミツ13編成でした!!!

省エネ電車としてセンセーショナルにデビューして以来、約30年続いた首都圏での活躍、本当にお疲れさまでした。
願わくば"特快"看板とスカートの無いオレンジ色の201系を、もう一度見てみたかったですね。
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三池港駅と19号電車

2011-06-23 00:40:54 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
当サイトからもリンクをさせて頂いている、”眠れないマクラギを数えて”でお馴染のUTXC様より、
三井化学専用線の18号機が全検を無事出場したという嬉しいニュースが飛び込んで来ました。

製造からまもなく80年も経つ古強者が、現役でいるだけでも奇跡的なのに、ピカピカに整備されるとは!!

この記事に影響され、三井三池鉄道健在時の全検明けはどうだったかな~?と思い、古いフィルムを掘り出してみると
18号機はありませんでしたが、全検明け間もないと思われる19号機の写真がありました。

今は亡き、港3号踏切を通過する19号機、昨年数年ぶりにこの地に再訪し、あまりの変わりように茫然としましたっけ・・・

三池湾をバックに走る19号機、確か閉山間近頃に撮影したような気がします。

マルーンの車体と端梁の警戒色が三池鉄道の伝統でしたが、亡き後もこの伝統は守られているようですね。

四ツ山の九電発電所で石炭を降ろし、三池港駅に戻る返空列車を牽く19号機

私が訪問していた頃、石炭列車の運転は三池港から四ツ山までの僅かな区間のみでしたが、
まだ三川抗・有明抗共に健在で、採掘された石炭を火力発電所に運ぶ重要な役割を果たしておりました。

なんて記事を書いていると、久しぶりに大牟田に行ってみたくなりますね。
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JR203系マト52編成インドネシアへ

2011-06-22 11:30:17 | インドネシアの鉄道
先月のマト66編成が回送されて以来、航送先の新潟東港に向け続々と送られている203系電車ですが、
既報の通り、先週は3本目となるマト52編成の配給がございました。

松戸電車区を出区後、EF81-134号機に牽引され、ゆっくりとしたスピードで松戸駅にやって来ます。

毎日通い慣れた松戸駅とも今日でお別れですね・・・・・

203系がこの常磐快速線ホームに入線するのは、ごく稀でしたっけ。
行き先幕に入っていた「上野」のコマは、とうとう一度も使われないまま廃車に・・・

発車後、ちょうど入線して来たE531系とも最後の顔合わせ。

今回は時間の関係で追っかけは出来ませんでしたが、翌日の藤寄専用線と新潟東港には行って参りましたので、
それら写真は後日掲載致します。
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新潟交通月潟駅へ訪問

2011-06-19 23:27:34 | 中小私鉄
先週も行われたJR203系の配給回送を、新潟まで撮りに出かけた帰り、関越自動車道・新津ICに向け
車を走らせていると、懐かしい地名の書かれた標識と共に見覚えの有る風景が目に飛び込んで来ました。

ICへと続く道から外れ、標識に沿って数分走ると出現したのは”新潟交通月潟駅”

同線の廃線後2回目の訪問となりましたが、車両の整備も行き届き、現役時代さながらの様子。

夕暮れ時に訪問したのは今回が初めてだったのですが

構内やホーム上屋にまで電灯が灯り、まるでタイムスリップでもしたかのようです。

そして夜の帳が下りはじめる頃

ヘッドライトと車内灯を輝かせ、今にも東関屋に向け出発して行きそう!!

新潟交通電車線が廃止となった1999年4月4日、その翌日の5日に月潟駅へ向けた回送列車が運転されました。

1本目はキ116+モワ51

そして数分後に続行で運転されたモハ11、

この時は関屋大橋で撮影していたのですが、車掌さんがずっと敬礼をしていたのが未だ印象に残ります。
廃止から11年、保存された車両も駅も美しい状態を維持しているのは嬉しい限りですね。

車両や駅を保守されている”かぼちゃ電車保存会”の方々の地道な努力には本当に頭が下がります。
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侯 石同(ホウトン)駅前食堂

2011-06-13 23:15:41 | 台湾の鉄道
猫村の知名度が上がって以来、ドッと観光客が押し寄せるようになった侯 石同(ホウトン)の村ですが、

駅前には昔ながらの食堂が今も何件か存在します。

私が最初に訪問した2007年の夏は、夏休みシーズンにも関わらず、この村に訪れる観光客は全く居らず

食堂も昼時なのに閑古鳥が鳴いていましたっけ・・・・

続いて2年後の2009年春、ちょうど一体が観光地として整備され始めた頃

前回は閑古鳥が鳴いていた食堂も、工事関係者で大賑わいでした。

そして今年4月訪問時、猫村効果か?平日でも沢山の観光客で賑わってます。

以前は無かった看板も掲げられ、座席も増設されてました(笑)

日本人にはハードルが高そうで、未だに行った事の無い駅前食堂

麺類が絶品との事ですので、次回訪問時は是非とも行ってみたいですね!!
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東急8500系8604Fインドネシアへ

2011-06-12 23:31:39 | インドネシアの鉄道
203系、東京メトロ05系とクレーンにて搬出作業中の写真をご紹介致しましたが、HDDを漁っていたところ
2006年7月6日に撮影した懐かしい画像が出て来ましたのでご紹介致します。

インドネシアへ向け東急8500系初の譲渡車となった8604F

長津田から川崎市営埠頭に陸送されたと聞き、駆けつけると、ちょうど船への積み込み作業中でした。

この当時は保税区域外であれば特に咎められる事も無く、誰でも容易に入れましたが

現在この一体への立ち入りは厳禁となっており、最悪の場合は警察へ通報されますのでご注意下さい。

譲渡された8両中、6両は既に船積みされた後だったようで、最後に積み込まれるデハ8604が船積みに向け
トレーラーに載せられるところでした。

この時はあまり時間が無くクレーンによる吊り上げ作業すら見ないまま、さっさと市営埠頭を出てしまいましたが、

改めて写真を見返してみると、8500系の横にはビニールシートに包まれた怪しげな鋼体も置いて有り、
もっとゆっくり見ておけば良かったと後悔しております。

しかしこの新幹線ぽい鋼体の車両は一体何だったのでしょうね?

それから2年後、2008年3月にジャカルタで再会した8604F

そういえば私がインドネシアで初めて乗った東急車も、この8604Fでしたっけ。
その車内で偶然お会いした車掌のE様と運転手のT様・・・・・
それがきっかけとなり、その後、訪問した際にも何度かこの編成の運転台に乗せて頂きました。

思えばこの編成、東急時代の幕車だった頃から遭遇率が高く、不思議な縁を感じてなりません。

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