Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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どうか良いお年を・・・・・

2010-12-31 16:39:39 | インドネシアの鉄道
ふと気がつけば、2010年もあと数時間を残すのみ・・・・
駄文ばかりの稚ブログに1年間お付き合い頂き、どうも有難うございました。

私的に一番印象的だったのは、やはり東京メトロ有楽町線7000系のインドネシア譲渡開始ですね。
若洲埠頭にて船への積み込みを見送った数ヵ月後、ブキッデュリ電車区での再会は感慨もひとしおでした。

次に6月に訪問した台湾”侯石同”猫の村

来年はゆっくり時間をかけて再訪してみたいと思います。

最後に皆さま、どうか良いお年をお迎え下さいね!!
来年もよろしくお願い致します。
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新塗装となった元東急8039F

2010-12-28 21:00:39 | インドネシアの鉄道
メトロ7000系や05系の譲渡を始め、今年もニュースに事欠かさなかったJABOTABEK鉄道ですが、
私的に一番ショックだったのは、やはり8039F塗色変更でしたね。
地元ファンのAndy様より、事前に写真を頂いてはおりましたが・・・・・

8月訪問時、マンガライ駅で実際に現車を初めて見た時、やはり何ともいえぬ喪失感を覚えました。

以前のカラーリングが素晴らし過ぎた為か、新しい配色は正直イマイチです。

でも、ピカピカに磨き出され美しくなった車体を見ると、一端は長津田へ廃車回送されたにも関わらず、
みなとみらい線直通に伴う予備車不足を解消するため、見事東横線に帰り咲いたあの頃を思いだしました。

入線当時の、芸術的なデザインこそ失われてしまいましたが、

この編成が活躍をする限り、自分のインドネシア訪問は限り無く続きそうです。
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東急初の電気検測車デヤ3001形

2010-12-25 00:39:39 | 東急線
古いネガを整理していたら、奥沢駅で撮影した懐かしい写真が出てきましたので掲載致します。

東急初の電気検測車デヤ3001形(1988年12月撮影)

デハ3550形3551号車を改造して製作されたこの車両は、事業用車だったためか最後まで車体各部の更新工事は施工されず、
原形時代のクハ3850形やデハ3550形の面影を残す貴重な車両でした。

増設側運転台は非貫通の3枚窓で、これまた趣有るスタイル。

デハ3500形や7200系が憩う奥沢検車区構内も懐かしいですね・・・・

東急線から引退後デハ3499と共に東急車両に譲渡され、入出場時の牽引車として使用された同車でしたが、
今年春に入り解体処分となってしまい、残念ながら現存しません。

この写真を撮影した1988年は折しも世間はバブル真っ只中、国鉄からJRに代わった翌年でオリエント急行の訪日や、
各鉄道会社も新車ラッシュを迎え、日本全体が何か浮き足立っていましたね、私はまだ中学生の分際でしたが、
そんな事には目もくれず、ひたすら撮り続けていたのが終焉間近だった東急3000系列でした。

露出も絞りも解らないまま、使い慣れない父の一眼レフで撮った写真は、今思うと失敗作ばかりで見るに堪えません(笑)
あの頃、もう少し写真の技術があれば・・・・・
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相鉄モヤ701!!長津田工場に現る

2010-12-23 19:39:39 | 東急線
東急長津田工場に隣接する東急テクノシステム相鉄のモヤ700が入場している??

昨日入った仰天情報を元に、恩田まで足を運んでみると・・・・

伊賀鉄道向けの1000系と並び本当に相鉄電車が入場しておりました。
(こどもの国線車内より撮影)

来年施行される、省令改正に伴う保安装置取り付けのための入場と邪推されますが、通常なら出張工事で済む筈が、
何故テクノシステム構内へ陸送までして作業を行うのか謎ですね。

大東急分離から60余年が経ち、相鉄の電車が東急にやって来たのは恐らく初めてではないでしょうか!!
(もしかしたら碑文谷工場時代、入場していた車両があったかも知れません)

701に続いて、共に編成を組む702・703・704は果たしてやって来るのか?
今後の動向が大いに注目されますね。
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旧台東駅の現況

2010-12-23 00:39:39 | 台湾の鉄道
普快199次で台東駅に到着した翌日、睡魔を堪えながら朝5時にチェックアウトし、宿泊していた台東トラベラーホテルを出発します。
台北や高雄と異なり、台東は日本からインターネット予約出来るホテルが少なく、宿泊前は少々不安でしたが、ここのホテルはフロントに日本語が話せる親切な小姐が居り、お陰でとても安心して宿泊する事が出来ました。

夜明け前の台東の街

小さな街ですが、台湾の何処の街とも異なる独特の魅力が有りますね♪

ホテルを出て、4年前の記憶を頼りに旧台東駅跡へと街を歩きます。

南の街とはいえ、流石に朝はやっぱり肌寒い!!

歩くこと数分、それらしき場所が見えて来ました。

前回訪問した時は夜市帰りの深夜だったのですが、記憶は以外と正確です(笑)

台東の市街地中心部にあった旧台東駅は元々花東線の起点となる主要駅でしたが、高雄方面へと向かう南廻り線が開業すると、南廻り線と台東線を結ぶ駅として、街の外れにあった卑南駅が台東新駅として改称され街の新しい台東の玄関口となりました。しかしその際、太平洋側に奥まった旧台東駅はルートから外れ、単なる盲腸線の終点となり、挙句2001年には路線ごと廃止されてしまい、廃止後に台東新駅が台東駅として再々改称される複雑な経緯が有ります。

早速、駅構内跡に入ってみると

ナロー時代からの客車が保存されておりました。

事前に見たネットの情報では、ブルーに白帯で荒れ果てた廃車時の姿だったのですが

ナロー時代のツートンカラーに美しく復元された様子です。

こちらの前面には運転室らしき窓が有るので、気動車からの改造車だったのでしょうか?

この前面デザインと側面のバス窓は、日本各地の地方私鉄で活躍した日車標準型電車を彷彿とさせますね!!

ホーム跡には駅名板も残ってました。

バックの建物は駅跡地に建設された大学とか・・・

ホームから駅本屋へと入って行くと

元の駅舎はフレームらしき物を残し解体され、台東鉄道芸術村という新らたなフリースペースとなっています。

どうやら市民の憩いの場となっている模様で、何やら沢山の小姐達が太極拳の練習を・・・

と、思いきや何やらハードなラップ調の曲に合わせ振付の練習中(笑)
どうせならもう少し解り易い曲なら良かったのに

そろそろ列車の時間が近づいて来たので、旧台東駅駅前からタクシーに乗り台東駅へ

メーターが上がったにも関わらず、料金を負けてくれたタクシーの運将に感謝しながら降りると

何故かこのワンコがお出迎えしてくれました(笑)

首輪が有り、乗って来たタクシーの運将にとても懐いていたので、実は飼い犬だったのかも知れません?

台東(台東新)駅の駅前

2004年に初めて訪問して以来、殆ど変わらず野っ原のままです。
どうせなら、この台東駅と市街地である旧台東駅を結ぶ路線を残してくれれば色々便利だったのに・・・・・
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哀別!!台東線の普快200次

2010-12-22 00:39:39 | 台湾の鉄道
本日12月22日のダイヤ改正を持って、台東‐花蓮間にて活躍して普快車達の運用にとうとう終止符が打たれました。

ロケーション豊かな沿線風景の中、生の風を感じる事が出来た旧型客車にもう乗れないかと思うと寂しい限りですね。

いつも乗り鉄メインとなってしまい、ロクに写真を撮っていなかったのが悔やまれます。
そんな中、僅かながら撮影した写真が有りました。

朝もやの中、志学駅に入線する平快552次

地平線からゆっくりとやって来る列車を、夢中になって撮影したのを思い出します。

志学駅で下車したのは、学生と思われる小姐1人のみ

この頃の台東線平快車の客車はインド製TPK32200ばかりで、正直ガッカリしましたっけ。

花蓮に向かい山あいを進む552次

勾配に差し掛かり、より一層高くなったディーゼル音が山あいに木霊したのが印象的でした。


続いて光復駅の外れにて撮影した平快200次

友人のSPK先生とジャングルをかき分け撮影地を探したのを思い出します。

この時も全車通勤客車のTPK32200で意気消沈・・・orz

今から思うと何て贅沢な事を言っていたのでしょう!!

最後に平快200次に乗って花蓮駅到着後の情景です。

この頃は、まだ宜蘭からの平快車も健在でこんな旧型客車同士の並びも実現しました。

今回の改正で、台湾に残る旧型客車列車はは台東‐枋寮間の2往復のみ!!
風光明美な南廻り線のこの列車だけは末永く生き残ってくれれば良いのですが・・・・
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三井三池鉄道 三池港駅跡を訪ねて・・・

2010-12-21 00:39:39 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
11月の文化の日、大牟田市にて行われた近代化遺産の公開イベントですが、万田抗跡を見た後、
循環バスのルートに入っていない三川抗跡・三池港駅跡へと行ってみる事にしました。


無料循環バスの折り返し場所は三池港フェリー乗り場です。

この場所に訪れたのは初めてですが、想像していた石炭積み出し港というイメージとは異なり、
とても静かな波止場といった感じでした。

三池港フェリー乗り場から勘を頼りに歩いて行くと、突如空虚な空間が出現。

まさかこの場所が!!と一瞬思いましたが・・・・・

よくよく見てみると、唯一残された建物にどうも見覚えが??

初めは信じられませんでしたが、この場所が三池港駅跡だと確信しました。
あまりの変わりように、暫し茫然と立ち尽しますが、うっすらと13年前の記憶が蘇って来ます。

家に帰り古いアルバムを開いてみると、ほぼ同じ場所で撮影した写真が出て来ました。

踏切の奥に見える機関車横の建物は鉄道課の詰所で、当時の課長さんには大変お世話になりましたっけ・・
因みにこの18号機は三井化学専用線にて現在も現役にて活躍中です。

その後、辺りを見回してみて、鉄道時代の痕跡と判明出来たのは唯一この場所のみ

おそらく選炭場と思われる建物に入っていた古い煉瓦作りの高架線築堤跡です。

この写真左側に見えるのが、その高架線ですが、私が訪問した頃には既に使用されていませんでした。

次々と行き交う列車やベルトコンベアーの音で、喧騒としていたのが思い出されます。

現在は宮浦機関区で部品取り車として眠る20号機の雄姿

写真2枚目と同じ方角での撮影、閉山後こんなにも変わってしまうとは・・・・

三池港駅跡を見た後、当時の記憶を頼りに三井三池炭鉱三川抗正門があった場所まで行ってみると

何と、当時とほぼ変わらぬ姿のまま残っておりました。

しかし門の隙間から覗いてみると、残されているのは正門周辺の建物だけの様子で

直ぐ先には建設機械らしき物が置かれ、跡地の再開発が迫っているような雰囲気でした。

現役時代をチョッピリ知るものとして、あまりに寂しい三池港駅再訪とはなりましたが、
何時の日か、保管中の”あの機関車達”がこの場所に帰ってくる時が来るのを信じて止みません。
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肥後の国のHibah6000 その3

2010-12-20 00:39:39 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
少々間隔が開いてしまいましたが、熊本電鉄で活躍する元都営地下鉄6000系の続きです。

北熊本駅からは、6211-6218の都営時代に冷房改造された編成に乗車し終点、御代志駅へと向かいました。

御代志駅は15年前と全く変わっていませんでしたが、バスに乗り換える学生も少なく以前より閑散としてしまった気がします。

前面が黄色く塗られた6211A編成

併用軌道区間での視認性向上のため塗られたそうですが、正直イマイチ似合いませんね。
どうせなら某所みたいにスカートをオレンジ色に塗った方が、乗用車や歩行者から目立つと思うのですが(笑)

発車まで時間有りましたので細部を観察してみます。

西鉄電車でお馴染の外付けベル、この編成も一端熊本に到着後、はるばる福岡の西鉄筑紫工場まで行き改造されました。

ドアに設置されたLED装置

ワンマン運転時は中扉が閉め切られるため、進行方向によって表示が変わる様子です。

運転室仕切にはワンマン用の料金表示と運賃箱が増設された他、案内のポスターも掲出され色とりどり♪

バックミラーが何ともアンバランスです。

ワンマン用機器が設置された運転台機器。

前面貫通扉が完全に封鎖されており、一瞬エッと思いましたが、
良く良く考えると地下に入らないので全く問題ありませんね。

シートの色から吊革に至るまで、三田線時代そのままの客室内

過酷な環境で活躍するインドネシアの仲間達に比べ、まだまだ綺麗な状態です。

客ドアの上に張られたマナー啓発の告知にも6000系が登場!!

描かれているのは6111F、やはり一番人気がある編成なのでしょうか?

吊革の広告スペースにもこんなイラストが!!

社員の方が作成された物らしいのですが、なかなかのデザインセンスに脱帽です。

何とアオガエルバージョンまでありました。

こちらは色がグリーンで、車両への愛着をひしひしと感じさせますね。

御代志駅を出発後、新しく生まれ変わった黒石駅にて途中下車してみます。

線路が移設され、15年前とは全く違う駅となった黒石駅、国道沿いに有った旧駅付近にも行ってみましたが、
駅跡地と思える場所を見つける事は出来ませんでした。

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台湾!!侯石同(ホウトン)猫の村 その4

2010-12-19 00:39:39 | 台湾の猫
台北近郊の観光スポットとして注目を集めつつある”侯石同”猫の村ですが、
先月の旅行では残念ながら時間が無く再訪出来ませんでした。
でも台北駅の売店で”侯石同”猫グッズの販売が開始されたり、
時刻表の表紙に”侯石同猫のイラストが掲載されるなど、現地での知名度が急上昇している様子です。

”侯石同”のシンボルマークでもあった瑞三鑛業公司の看板とトラ猫

この猫はずっとこの場所で佇んでおりました。

川から離れた場所に何故か置かれていたボートと子猫

田代島を参考に、猫達の隠れ家として置かれたのかもしれませんね?

さっきのトラ猫が駅に入線したDR1000形区間車DR3100自強号を凝視中。

「今日の平渓線、やけに編成が長く無いか?」と言っていたかどうかは不明です。

日陰となる苔蒸した崖には、へばり付くように猫達が寝てました。

マイナスイオンたっぷりで気持ち良さそうですね♪

煉瓦作りの古い廃墟の下にいたミケ君

たま駅長に負けないくらい凛々しい顔をしております。

民家の庭先には生まれて間もない白黒・子猫軍団が!!

しかし、傍らには息を引き取ったばかりの子猫の悲しい亡骸も・・・・

「野良は強くなければ生き残れない」
そんな言葉がふと思い浮かび、猫の楽園の幻想から一瞬にして厳しい現実へと引き戻された気がしました。

あれから半年、果たしてこの子猫達は無事成長出来たのでしょうか?
次回訪台する機会があれば、是非とも再訪してみたいですね。
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廃止間近の普快199次で台東へ その②

2010-12-18 00:39:39 | 台湾の鉄道
南平駅を出発した列車は鳳林駅に停車、ここで学生の多くは下車して行きました。

地下通路の階段が面倒臭いのか、客車のドアから線路に飛び降りホームをよじ登る学生達!!
今では信じられませんが、かつての日本でも旧客が走る路線では割と良く見られる光景でしたね。

萬榮駅では、またまた対向列車の通過待ち・・・・・

温かな気候の下、ゆったりとした時間が過ぎて行きます。

やがて翌朝花蓮へ折り返す普快552次の起点となる光復駅へと到着。

ここで殆どの乗客は下車してしまいました。

到着と同時に、早くも作業員がやって来て客車を切り離す作業が開始されます。

増解結が自由な旧型客車と違い、まもなく運用が開始される冷房付き復興号客車の場合は、1編成ごとに電源車が必要となります。
ダイヤ改正以降、切り離しが必要なこのスジでは電源車が2両連結されるのでしょうか?

光復駅に切り離した客車を残したまま、列車は台東に向け出発!!

翌朝の折り返し列車を牽引する機関車が駅には居りませんでしたが、何時頃回送されて来るのか興味津々です。

続く玉里駅ではDR2700がお出迎え♪

翌朝の運用に備え早くもお休み中でした。

すっかりガラガラになったので車内を散策してみる事にします。
まずインド製TPK32500の車内から、キハ35の車内みたいで味がありますね~

吊革と両開き扉が往年の通勤客車だった証です。

次は日本製SPK32600の車内

化粧板等かなりの劣化が見られますが、往年の優等列車の雰囲気はまだまだ健在でした!!

タンク式に改造されたトイレ

以前はもっとトイレが汚いイメージがありましたが、外観の割に綺麗です。

トイレの向かいは車掌室でしたが、この車両は撤去されておりました。

何も無い立席スペースのような空間となってましたが、網棚らしき物が残ります。

網棚に何やら積んであったので、手にとって見てみると

!!!!!!!何と往年のサボ達が残されていました。

まず目についたのが高雄行き

裏には何と花蓮行きの文字!!

2004年に乗車した高雄~花蓮の長距離鈍行で使用されていたのでしょうか?

次は嘉義行き(裏は剥げて無くなってました)

嘉義‐高雄間は冷気平快として新幹線開業後も同系列の客車が活躍していましたね。

またまた高雄行き

ワクワクしながら裏を見ると

今は地下化されてしまった台北のお隣、松山行きでした。

時速100キロでかっ飛んだ西部幹線時代の平快車、もっと乗っておけば良かったです・・・

この残されたサボ達、もう二度と使用される事はないだろうな?と思い、こっそり持って帰ろうかと不埒な考えが一瞬頭を過りましたが、運用廃止から数年経ってもこんな物が残されているという事は、台湾のレールファンに盗り鉄が居ない証拠でもあると思い、一瞬でも持って帰ろうと思った自分が恥ずかしくなりました。何時の日かリバイバル運転をする際にでも付けて欲しいですね。

最後部から暗闇に消えて行く2本レール

まるで宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」のワンシーンのようです。

辺り一面真っ暗な東里駅に停車

今回も長時間停車かと思いきや、直ぐに発車してしまい慌てて飛び乗りました。

台湾一美味しい駅弁でお馴染の池上駅に到着すると、終点台東はもう直ぐです。

お腹が空いていたので、駅弁売り来るかな~!!と淡い期待をしたのですが、やはり夜間は来ませんでした。

前方にひと際明るい水銀灯が近づいて来ると、そこは台東駅の構内の操車場

約4時間の夜汽車の旅が終了します。

21時38分、1分の遅れもなく定時に台東駅到着!!

降りる人は私の他数名のみで、終着駅にしては少々寂しい気がしました。

久しぶりに降り立った台東(台東新)駅

相変わらず駅前には何も無く、タクシーで旧台東駅近くに有るホテルへと向かいます

が、乗ったタクシーが大失敗(涙)
ホテルの地図を見せたにも関わらず、変な所で降ろされ結局徒歩で移動するハメに・・・・


約30分ほど歩いて、やっとホテルに到着!!
最後の最後でトホホな目に遭いました。
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