Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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普快200次・普快199次廃止か?

2010-11-26 23:39:39 | 台湾の鉄道
更新間隔が少々開いてしまい誠に恐縮です。

今週は祭日を利用しまとまった休暇が取れましたので、久しぶりに台湾遠征をして参りました。
訪台の目的とは、来月22日に行われるダイヤ改正にて廃止が予測される花蓮‐台東間の長距離普通列車「普快199次」と
翌日の朝、台東を出発し花蓮に折り返すの「普快200次」への乗車です。

懐かしい夜汽車の雰囲気が味わえた「普快199次」

夜間に運転されるため、乗車するのは初めてでした。

そして翌朝の「普快200次」

こちらは「平快200次」時代以来、5年ぶり乗車となります。


今回は乗車を目的とした為、写真は少なめですが近日中にレポートを掲載させて頂きたく思います。
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肥後の国のHibah6000 その2

2010-11-18 23:39:34 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
北熊本駅で車庫の電車を見ていると、菊池方面から6111Fが入線して参りました。

この6111Fは6101Fと同じく1995年に熊本に入線したグループですが、その後6101Fは帯色が変更され
後に入線した編成は前面警戒色が塗装されたのに対し、この編成だけは未だ三田線時代の塗装のままです。

このグループは西鉄筑紫工場にて冷房改造工事を行ったため、屋根上に並ぶ分散タイプのクーラーが特徴的ですね

もしかしたら廃車となった西鉄600系辺りの発生品か予備部品かもしれません。

連結面には西鉄宮地岳線でもお馴染のベルが設置されております。

戸袋窓には乗降案内のLEDも設置されました。
1997年に訪問しこの編成に乗車した際には、車内に「ド○○ショップ日比谷支店」の広告ステッカーや
運転室仕切の「東京都交通局」プレートも残り、あまりの原形ぶりに驚愕させられたのを思い出します。
思えば、あの頃はまだ本家三田線でも6000形が健在でした。

暫く観察していると、上熊本線からアオガエルが到着

やがて藤崎宮前方面から御代志行き6221F編成がやって来ましたので、乗車し御代志駅へと向かいます。

つづく
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三井三池炭鉱 万田抗跡

2010-11-16 23:39:39 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
宮原抗を見学した後は、無料循環バスに乗りこの日に限り無料公開されている万田抗へと向かいます。

万田坑は宮原坑より南に1.5Kmほど離れた場所に有り、かつて国内最大の竪坑で県境を越えた熊本県荒尾市に位置しました。
閉山した現在では国史跡に指定され、普段は有料にて公開が行われております。

まず入口に位置する、万田抗ステーション

椅子に座っているのは、地元荒尾のミュージシャン・原えいじさん、この炭鉱を描いた歌の生ライブが行われておりました。

建物内部はお土産物屋さんと資料室になっていて

かつての万田抗周辺を再現した、精巧な模型も展示中です。きっと手前は三池港本線だったのでしょう?

そして万田抗全景です。

宮原抗より規模が大きく、堂々とした印象を受けました。

構内に入るとまずトロッコのレールに目が行きます。

右に分岐したクラの中には、きっと趣ある動車が残されている!!と思ったのですが、残念ながらカラでした。

続いて普段は非公開の竪坑櫓跡へ向かいます。

蔦の絡まった赤煉瓦の建物が歴史を感じさせますね。

途中で見かけた非公開区域へと向かう通路、消火器や冷水機が生々しく残ります。

残念ながら、この場所へは完全に立ち入り禁止です。

ポツンと取り残された炭車が寂しげな抗口

早速、煉瓦作りのポータルを抜け中に入ってみます。

かつての詰所跡

ここでは厳しい手荷物検査が行われ、入坑する人は炭塵爆発の原因ともなる火気類の持ち込みを、
出抗する人には発破に使用されたダイナマイト等の持ち出しを厳しく検査していたとの事でした。

抗内に残る鉄格子が何とも不気味です・・・

因みにこの抗内に降りたのは人だけでは無く、炭車牽引用の動車が発達する前は馬が使用され、
ポニーのような小型馬が高温で過酷な環境の中を1日中酷使され、僅か2~3年で死んでいったそうです・・合掌

解説スタッフの方から、様々な炭鉱でのお話を伺った後

抗内から外を見ると、不思議と空がより一層美しく見えました。
原えいじさんの歌っていた、先ほどのあの歌が頭をよぎります。

抗道入口の後は、普段非公開の捲揚機室へ。

”きけん””高圧”の看板が歴史を感じさせますね。

頭をぶつけないよう注意しながら階段を登って行くと捲揚機の大きな歯車が

お話を伺うと、何と!!今現在でも稼働状態にあるとの事でした。

その後、構内にバテロコやマイニングロコの残骸が無いか溝内を探したのですが

残念ながら錆びついたグランビー抗車をみかけたのみ・・・

炭鉱から縦横無尽に伸びたトロッコのレール

きっとこの線路を上を、石炭を乗せたトロッコが縦横無尽に走っていたのでしょうね!!
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肥後の国のHibah6000 その1

2010-11-12 23:06:00 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
アオガエルに揺られながら到着した、上熊本線の終着北熊本駅

1995年以来15年ぶりの訪問でしたが、駅構内の様子は全く変わっておらず安心しました。

電車区も併設されたこの駅で、とても気になるのがこの車両達!!

元都営三田線6000系の6121Fと6131Fです。

中でもとても気になったには、この6131F

因みにこの編成の中間車は、6232・6235が6177F、6236が6182Fとそれぞれ先頭車化改造編成の中間に
6237は6171Fの8両編成の中間車として組成されジャカルタで活躍中です。

パッと見は解りませんが、良く見るとこの編成だけ裾のコルゲートが有りません!!

wikipediaによると、車体改造の際にコルゲート1枚板になったとありますが 何故この編成のみ施工されたでしょうか?

そういえばジャカルタで事故に遭遇し、大破した6188号車も復旧した際、裾のコルゲートが撤去されていましたが、

もしかしたらこの編成も何らかの理由で台枠関連の補強が施工され、撤去されたのでは?と推測されます。

新たに設置された排障器

何となく、ジャカルタで付けられた排障器に似ていて親近感を覚えますね。

妻面のプレートはジャカルタの仲間達同様に残っておりました。

良く見ると・・あれっ!これは一体?kenapa?? 妻面のコルゲートは撤去されていません?

熊本の6000系達は1編成ごとに塗り分けが異なるそうですが、この6131Fは6121Fと同じデザインでは?
と思いきや、唯一この編成のみ貫通扉にまで青帯が取り付けられています。

訪問時6121F、6131Fは車庫に入区中でしたので、この程度しか撮影出来ませんでした。
熊本電鉄の6000系につきましては、順次他の編成もご紹介したいと思います。
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三井三池炭鉱 宮原抗跡

2010-11-11 20:01:18 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
文化の日に開催された”大牟田市 秋の近代化遺産一斉公開”では三池鉄道の機関車達の他にも、
市内に多数点在する炭抗跡や近代化建築等も特別公開されました。

三井化学の工場内にて三池鉄道の保存車両をゆっくりと撮影した後

無料の巡回バスに乗り向かった先は


三井三池炭鉱宮原抗跡です。実はこの場所、1997年にも訪問した事がありました。

この当時、宮原抗は廃坑となっていましたが、まだ三川抗と有明抗は操業しており
列車の運行こそ無かったものの、宮原抗の前には三池鉄道のレールが健在でした。

久しぶりの再訪となった宮原抗跡

当時と殆ど変わっておりませんが、国の重要文化財に指定されたとか!!

目の前を通っていた三池鉄道のレールは剥がされ

生活道路になってしまっております。

美しく整備された竪坑櫓跡、とても明治時代に建設された物とは思えません

これで地中深くへ物や人を運んでいたのでしょう

竪坑櫓跡の周辺には未だトロッコのレールが残ります。

レールの上にはポツンと平トロが1両置かれたまま

非公開の捲揚機室も公開されていたので、入ってみると。

操業当時の機器が未だに残されておりました。

捲揚機の大きな歯車にもオイルがしみ込んだまま

当時は轟音をあげ、慌ただしく動いていたのでしょう

トロッコのレールは捲揚機室前まで続き

ズリ捨て場だったと思われる、隣の敷地へと続きます。

捲揚機室の前では、スタッフによる解説が行われておりますが

案内の掲出に使われているのは、何とグランビー鉱車

資材置き場らしき所にも、グランビー鉱車が保管中でした。

竪坑櫓の昇降機が小さい影響か、この炭鉱の鉱車は他より小さいですね。

この場所へ向かう途中バスの車内よりレールが見えたので、少し戻って寄ってみました。

廃線から13年、未だ三池鉄道のレールが残っているとは驚きです。
一度で良いからこの周辺を走る列車を撮影してみたかった・・・・
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台湾!!侯石同(ホウトン)猫の村 その3

2010-11-10 23:23:12 | 台湾の猫
侯石同の村は山と台鉄の線路に挟まれ存在します。

なので村中、急な坂道だらけ

こんな環境も、沢山の猫達が住み着いた一因なのかもしれません。

猫だけの村かと思いきや、しっかり犬も居りました。

檻に入れられ肩身が狭そうですね・・・・・

緑に囲まれた階段を上がって行くと

炭鉱が栄えた頃に作られたと思われる、煉瓦作りの建物がみられます。

付近の塀の上にも猫の姿が!!

閉山で消えて行った人々の代わりに、新たに棲み着いた住民は彼らなのかも?

民家の軒先にはダンボールが置かれ、猫達がベットとして寛いでました。

”YAHOO購物中心”と書かれていますが、これはヤフーショップの事なのかな?

猫の後ろを太魯閣号が通過中ですが、目もくれません。

猫の村でまったりと暮らす彼らを見ていると、何だか羨ましく感じますね。
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三井三池鉄道 機関車公開!!その2

2010-11-09 23:59:50 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
大牟田市が所有する三池鉄道の保管車両達は4両、どれも明治から昭和初期に製造された貴重な車両達ばかりです。

まず最初に目に付いたのは昭和12年製造の東芝製45tの17号機

戦中から戦後に同型機が多数製造され、かつて日本全国の私鉄に在籍した東芝の40t凸形電機ですが、
三池に在籍した3両は希少な最初期製造のグループで全体的にスリムなのが印象的でした。

17号機の車内は正に極上の保管状態。マスコンやブレーキハンドルも輝いており、直ぐにでも動き出しそうです。

かつて6両が在籍した45t機は戦前製の17・18・19の3両と、戦後製の20・21・22の3両に分かれておりました。
戦前製の3両は、保存されたこの17号機をはじめ、現在も現役にて活躍中の18・19号機を含め全車健在なのに対し、
皮肉にも戦後生まれの3両は閉山と共に全車廃車となってしまい、部品取り車として残る20号機以外現存しません

続いて明治44年製造のシーメンス製22t1号機、

私が初めてに三井三池鉄道に訪問した1994年当時はまだ現役でした。
日本の鉄道黎明期に遥々ドイツからやって来た貴重な舶来車両です。

1号機の車内、こちらも状態は良好ですね。

昭和59年の従業員輸送列車廃止までは、客車列車の牽引機として活躍していたとの事でした。

その隣には明治41年製造のGE製15t5号機、通称"ガメ"(福岡弁でカメの事です)

この"ガメ"と1号機は、永らく三池港駅の踏切脇に展示されており、当時お世話になった鉄道課の課長さんのお話によると、
15t機で唯一走行可能な状態との事でしたが、残念ながら走る姿を見る事は出来ませんでした。

有りえないくらい狭い、”ガメ”のキャブ内。

恐ろしい事に、この車両には扉が無く、乗務員は窓から出入りしていたとか!!

最後に大正4年製造の三菱造船製22t5号機(1号機のコピー機)です。

僅か数年の間に、輸入機を元に同じ物を作り上げてしまう当時の日本の技術力には脱帽ですね。
そして誕生から90年以上経った現在、同世代の9号機11号機は今も現役にて活躍中。

5号機の車内。1号機とほぼ同じレイアウトとなっております。

この大きなマスコンもシーメンスからコピーした物なのでしょうか?
それとも1号機が後年、国産のマスコンに交換されたのかもしれませんね??

車内に残るスローガン

アナログなスイッチ類も今となっては希少です。

キャブ内には経済産業省から贈られた近代化産業遺産の認定プレートも掲出されておりました。

この当時の経済産業大臣は甘利明氏、そういえばこの人、今年は自演転倒事件に巻き込まれ酷い目に遭いましたね・・・

保管されているテントの先にもレールは続いていますが、残念ながら立ち入り禁止となっております。

閉山直前の1997年に撮影して以来、本当に久しぶりの再会でしたが、どの車両も美しい状態を保っており安心しました。
しいて欲を言えば三池港辺りの廃線跡を整備した上で、歴史的にも貴重なこの機関車達を利用し、門司港のようなトロッコ列車でも運転するなど、何らかの活用方法を模索して頂きたいところです。

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最後のアオガエルを訪ねて その2

2010-11-08 23:55:55 | 東急線
上熊本駅で7年ぶりに再会したカエル君!!

前回訪問時は熊電カラーだったので、アオガエルに戻った姿は初めてみました。

東急ライトグリーンの平面ガエル顔はイマイチでは?

と思っておりましたが、以外にも単色が似合っております。

早速、車内に入ると

幼少の頃に乗った懐かしい、あの雰囲気のままです♪

渋谷109の吊皮も健在!!

多摩川園―沼部間のカーブで車体が揺れ、吊皮が網棚に当たり何とも不思議な音を奏でていたのを思い出しました。

東急時代と近い色に張り換えられたモケットシート

他にも車内のペンキが丁寧に塗り直されているなど、古い車両を大切に使用する姿勢には好感が持てますね。

上熊本から3つ目の池田駅で途中下車。

簡素な上屋しかない無人駅で、7年前に下車した時と全く変わっておりません。

下車後、乗って来たカエル君を後打ち撮影

電車もバックも緑一色で和みますね

続いて、折り返してきた電車を400mmの望遠レンズで狙います。

前回訪問時は200mmのレンズしか無く、トンネルに入るこのシーンが撮れませんでしたので
今回、無事リベンジを果たしました。

秋の花に囲まれ池田駅に入線するカエル君

どことなく嬉しそうな表情に見えます。

下膨れなこの顔は、やはり何度見ても飽きませんね。

毎朝の通勤途中、すっかり無残な姿になってしまった某所のアオガエルを見ているだけに
熊本で元気に活躍するカエル君を見れたのは嬉しい限り!

部品確保等が大変かとは思いますが、今後も熊本で末永い活躍してくれる事を祈るばかりです。
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三井三池鉄道 機関車公開!!

2010-11-07 17:18:19 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
毎年文化の日に合わせ、福岡県大牟田市では炭鉱跡をはじめとした普段は非公開の近代化遺産の公開が行われております。
この公開でいつも気になっていたのが、大牟田市教育委員会にて保管されている三井三池鉄道で活躍した機関車達。

普段は工場敷地内にて厳重に保管されていて、一般公開されるのは年に1度のこのイベントのみとの事で、
いつかは行ってみたいと思っていたところ、今年はちょうど休日と公開日が重なりましたので思い切って行ってみました。

西鉄2000系を撮りに行った先月に続き、羽田発6時20分のANA981便で福岡へ。

福岡空港到着後は地下鉄で天神まで出て

西鉄電車で大牟田へと向かいます。

前回は平日だったので一般車の5000系が特急でしたが

今回はクロスシートの8000系の特急でした。

大牟田駅に到着すると駅前がいつも以上に賑やかで

駅前の特設ブースでは近代化遺産巡りのパンフレットを配布中です。

まずは最大の目的である炭鉱電車を見に行くため
この日のみ運行される無料巡回バスを待とうとすると

既にバス乗り場は長蛇の列・・・・・・

やがて、何とか乗れたものの車内は満員でした。

大混雑の車内ですが、バスが最初に立ち寄る「炭鉱電車」の経緯についてスタッフが案内を行います。

駅から10数分後、バスが到着したのは三井化学系の工場構内。

立ち入り禁止!!撮影禁止!!の看板が掲げられた構内で、恐る恐るバスを降りると、スタッフの誘導で移動開始。

途中、道路沿いにはこんな光景が・・・・

宮浦操車場の終端部と、その前には最近設置された海上コンテナステーションが見えます。
ということは、ここはかつての本線だったのですね

順路を進んで行くと、工場敷地内の何やら怪しげな場所に出ました。

この道を更に進むと、三井化学系の工場敷地へと続いて行きます。

受付のテントで来意を告げ、坂を降りると

いきなり5台の機関車達がお出迎え♪

次回は保存車両達の詳細をご紹介致します!!
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台湾!!侯石同(ホウトン)猫の村 その2

2010-11-01 23:23:39 | 台湾の猫
侯石同(ホウトン)の村は、山の斜面を切り開いた場所にあるため急な坂道や階段が多いのが印象的です。

道路に日中堂々と猫が闊歩しているところは日本の「田代島」そっくり。

ふと横を見ると民家の塀には六四分けの白黒君の姿が

この村では何故かこの柄の猫を多く見ました。

坂道を登って行くと、またまた新たな猫達が居ります。

思い思いに毛繕いの真っ最中。

しかし私が撮ろうとすると急にカメラ視線に(笑)

ひょっとして写真に慣れているのかな??

坂の途中には、ひと息休憩できるスペースも開放されております。

トロッコに乗った猫の絵がいかにも、この場所らしいですね。

絵の前で寛ぐ人相の悪い白黒猫君

もしかしてこの猫は、この絵のモデルなのでは??

こんな模様の猫をどこかで沢山見たことあるな~?と思っていたら

田代島を一躍有名にした名物猫「たれ耳ジャック」もこんな模様でした。
良く見ると、この猫の左耳も少し垂れてますね??もしや行き別れの兄弟では(笑)

猫の島”田代島”と猫の村”侯石同(ホウトン)”この2個所には、何とな~く
国境を越えた不思議な因果関係あるように思えてなりません。

続く

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