Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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都営6201F標記変更される!!

2011-01-25 23:39:39 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
ブキッデュリ電車区に滞在中、検修線に都営三田線6000系が1編成入区しておりましたので、
いつものように観察していると、カウキャッチャー風の古いスカートがベッコリ凹んでいます(涙) 

6000系のこのスカートは衝撃に弱いのか、破損している姿を多く見かけますね。

Andy君のお話によると定期検査中との事でしたが、スカートはこのままで直さないのかな?

この編成、良く見ると側面に見慣れないプレートが取り付けられていました。

確認のため近づいてみると、何とKL-1から始まる新しい車番が!!

JABOTABEK RAILNEWSにてYopie様が記事に書かれていた、譲渡車両の改番がとうとう始まったのか??
と一瞬焦りましたが、6151F事故復旧編成と同様に、KL-1が追加された以外は元の番号のままです。

こちらは中間車の6207号車、

KL-1のKはエグゼクティブクラスの標記で1は電車の意味だそうです。
(Yopie様のサイトより引用させて頂きました。)

標記を拡大してみます。

日本風の重量銘板で表示すると「形式 6206」「自重37.8頓」 といったところでしょうか!!
              
続いて検査銘板部分の標記です。

マンガイライ工場にて検査を受けたのが2010年7月30日、ジャボタベックに入線した2000年8月12日。
しかし、この番号表示の仕方、Yopie様が書かれていた「インドネシア鉄道 新しい規則に基づいたナンバリング」
とはかけ離れ、元番号を全くそのまま踏襲した標記となっていますので、今後この方式で行くのか、
それとも譲渡車全てが一斉改番が行われるのか注目されます。

このままメトロ6000系6126Fが譲渡されると、先頭車の6126・6026こそ被りませんが、6226は6171Fの
中間車として在籍していますので、確実に車両番号が重複しますね。

果たしてどのようになるのでしょう?ひょっとして6226-Ⅱとでも標記されるのかな(笑)

私、個人的には馴染有る日本時代の車号のまま、1日でも永く活躍を続けて頂きたいものですが・・・
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肥後の国のHibah6000 その3

2010-12-20 00:39:39 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
少々間隔が開いてしまいましたが、熊本電鉄で活躍する元都営地下鉄6000系の続きです。

北熊本駅からは、6211-6218の都営時代に冷房改造された編成に乗車し終点、御代志駅へと向かいました。

御代志駅は15年前と全く変わっていませんでしたが、バスに乗り換える学生も少なく以前より閑散としてしまった気がします。

前面が黄色く塗られた6211A編成

併用軌道区間での視認性向上のため塗られたそうですが、正直イマイチ似合いませんね。
どうせなら某所みたいにスカートをオレンジ色に塗った方が、乗用車や歩行者から目立つと思うのですが(笑)

発車まで時間有りましたので細部を観察してみます。

西鉄電車でお馴染の外付けベル、この編成も一端熊本に到着後、はるばる福岡の西鉄筑紫工場まで行き改造されました。

ドアに設置されたLED装置

ワンマン運転時は中扉が閉め切られるため、進行方向によって表示が変わる様子です。

運転室仕切にはワンマン用の料金表示と運賃箱が増設された他、案内のポスターも掲出され色とりどり♪

バックミラーが何ともアンバランスです。

ワンマン用機器が設置された運転台機器。

前面貫通扉が完全に封鎖されており、一瞬エッと思いましたが、
良く良く考えると地下に入らないので全く問題ありませんね。

シートの色から吊革に至るまで、三田線時代そのままの客室内

過酷な環境で活躍するインドネシアの仲間達に比べ、まだまだ綺麗な状態です。

客ドアの上に張られたマナー啓発の告知にも6000系が登場!!

描かれているのは6111F、やはり一番人気がある編成なのでしょうか?

吊革の広告スペースにもこんなイラストが!!

社員の方が作成された物らしいのですが、なかなかのデザインセンスに脱帽です。

何とアオガエルバージョンまでありました。

こちらは色がグリーンで、車両への愛着をひしひしと感じさせますね。

御代志駅を出発後、新しく生まれ変わった黒石駅にて途中下車してみます。

線路が移設され、15年前とは全く違う駅となった黒石駅、国道沿いに有った旧駅付近にも行ってみましたが、
駅跡地と思える場所を見つける事は出来ませんでした。

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肥後の国のHibah6000 その2

2010-11-18 23:39:34 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
北熊本駅で車庫の電車を見ていると、菊池方面から6111Fが入線して参りました。

この6111Fは6101Fと同じく1995年に熊本に入線したグループですが、その後6101Fは帯色が変更され
後に入線した編成は前面警戒色が塗装されたのに対し、この編成だけは未だ三田線時代の塗装のままです。

このグループは西鉄筑紫工場にて冷房改造工事を行ったため、屋根上に並ぶ分散タイプのクーラーが特徴的ですね

もしかしたら廃車となった西鉄600系辺りの発生品か予備部品かもしれません。

連結面には西鉄宮地岳線でもお馴染のベルが設置されております。

戸袋窓には乗降案内のLEDも設置されました。
1997年に訪問しこの編成に乗車した際には、車内に「ド○○ショップ日比谷支店」の広告ステッカーや
運転室仕切の「東京都交通局」プレートも残り、あまりの原形ぶりに驚愕させられたのを思い出します。
思えば、あの頃はまだ本家三田線でも6000形が健在でした。

暫く観察していると、上熊本線からアオガエルが到着

やがて藤崎宮前方面から御代志行き6221F編成がやって来ましたので、乗車し御代志駅へと向かいます。

つづく
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肥後の国のHibah6000 その1

2010-11-12 23:06:00 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
アオガエルに揺られながら到着した、上熊本線の終着北熊本駅

1995年以来15年ぶりの訪問でしたが、駅構内の様子は全く変わっておらず安心しました。

電車区も併設されたこの駅で、とても気になるのがこの車両達!!

元都営三田線6000系の6121Fと6131Fです。

中でもとても気になったには、この6131F

因みにこの編成の中間車は、6232・6235が6177F、6236が6182Fとそれぞれ先頭車化改造編成の中間に
6237は6171Fの8両編成の中間車として組成されジャカルタで活躍中です。

パッと見は解りませんが、良く見るとこの編成だけ裾のコルゲートが有りません!!

wikipediaによると、車体改造の際にコルゲート1枚板になったとありますが 何故この編成のみ施工されたでしょうか?

そういえばジャカルタで事故に遭遇し、大破した6188号車も復旧した際、裾のコルゲートが撤去されていましたが、

もしかしたらこの編成も何らかの理由で台枠関連の補強が施工され、撤去されたのでは?と推測されます。

新たに設置された排障器

何となく、ジャカルタで付けられた排障器に似ていて親近感を覚えますね。

妻面のプレートはジャカルタの仲間達同様に残っておりました。

良く見ると・・あれっ!これは一体?kenapa?? 妻面のコルゲートは撤去されていません?

熊本の6000系達は1編成ごとに塗り分けが異なるそうですが、この6131Fは6121Fと同じデザインでは?
と思いきや、唯一この編成のみ貫通扉にまで青帯が取り付けられています。

訪問時6121F、6131Fは車庫に入区中でしたので、この程度しか撮影出来ませんでした。
熊本電鉄の6000系につきましては、順次他の編成もご紹介したいと思います。
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彩の国のHibah6000

2010-10-22 23:06:06 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
東急目黒線との直通運転開始に伴い引退した元都営地下鉄三田線6000系ですが、秩父鉄道には5000系として3連4編成が譲渡されました。
この度やっと全編成の撮影が出来ましたので、ジャカルタにて活躍するこれら編成の中間車の近況を合わせてご紹介致します。

まずは5201Fから

この編成は元6191・6196・6198の3両で、かつて編成に組み込まれていた6195は6227F先頭車化改造編成に、
6192は6171F6197は6121Fにそれぞれ組み込まれ運用中です。 

続いて5202F

元6241・6246・6248からなります。6247が6121Fに6242・6245が新6181Fにそれぞれ組み込まれました。

次は5203F

元6251・6256・6258の3両がベースのこの編成、同じ編成だった6252は昨年の追突事故の影響で現在休車中ですが、
破損が激しいためこのまま廃車かと思われます。6257は8連化された6171Fの中間に、6255は6182Fに組み込まれております。

ラストナンバーの5204F

元は6261・6266・6268です。6262は8連の6201Fに、6267は6227F 、6265は6117Fとそれぞれ先頭車化改造編成に組み込まれました。

そして最後は6141・6148の非冷房のまま廃車となった先頭車2両

部品取りとして入線したこの2両ですが、最近塗装の実験に供された様子でスカイブルーの塗料が側面に塗られております。
しかし車番等も撤去され、少々痛々しい状態ですね。

元東急8090系による本格的な置換えが開始された秩父鉄道ですが、これら6000系改め5000系は現場での評判も良いそうで、
今後も暫くは活躍する事と思われます。
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Kebun raya SakuraのHibah6000!!

2010-09-17 00:06:45 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
千葉の山奥に都営三田線が居る!!以前友人のMT氏よりそんな情報を聞き、ネットで検索してみたところ
佐倉市の佐倉草ぶえの丘という施設に6000系の中間車のみ2両が保存(利用)されているとの事でした。

以前より行ってみたいと思っていたところ、先日ちょうど千葉方面に行く用事が有りましたので、
帰り際に京成佐倉駅で下車しこの施設まで行って参りました。

まず駅を降りてバスに乗ろうとバス停に行くと、本数が極端に少なく次のバスは1時間後(涙)
止むなくタクシーで行く事にします。

約10分ほどで”佐倉草ぶえの丘”に到着、入場料を払い施設に入ると鬱蒼と茂る森の中にいきなり三田線が出現。

6146と6145、非冷房のまま廃車となった車両達です。

この2両は冷房改造されず残った最後の1編成に組み込まれ、1999年まで現役でした。

因みにこの編成の先頭車2両は部品取り用として秩父鉄道に譲渡され、現在も広瀬河原車庫にて健在です。

非冷房ならではすっきりとした屋根上

平日で子供用のアスレチックに誰も居なかったので、よじ登って撮りました。

2両共に撤去されていた床下機器

おそらく予備品としてJABOTABEKに譲渡されたのではと推測されます。

ジャカルタでの高速運転で乗り心地の良さが証明されたKD-70形(都形式:T-6形)台車

これさえ有れば、マンガライ工場にて放置中の事故車も復旧出来るのですが・・・・

この場所にやって来て約10年強

ステンレスカーとはいえ、各部に劣化も見られます。

団体でやって来た小学生の休憩所や更衣室として使用されている為、原則車内は非公開との事でしたが

職員の方の計らいにより、今回に限り特別に入れて頂きました。

現在も残る三田線の路線図

そうそう三田線って三田止まりだったんですよね、ピンポーンと言う接近音がフラシュバックし当時の記憶が蘇りました。

車内に残る懐かしい広告

IDOのCDMA ONEが泣かせますね(笑)

そして扉に貼られたステッカー類も健在。

1999年の廃車直前、巣鴨から乗車して以来約11年ぶりの再会となりましたが、
現役時そのままの状態を維持している車内の様子には正直驚かされました。

新宿線や浅草線に比べ乗り入れ先も無く、終始地味な存在だった都営三田線6000系でしたが、
引退後、熊本・秩父・ジャカルタと万丈波乱な人生が待っているとは夢にも思いませんでしたね。

余生を送る車両達が、1日でも長く走り続けられる事を祈るばかりです。
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都営6000系運転台増設車の謎?その3

2010-08-29 23:23:42 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
元都営6000系4編成目の先頭改造車は、一昨年の10月にカンプンバンダン駅でDLと衝突した6181Fと、昨年の8月にボゴール‐チレブット間で追突事故を起こした6151Fの中から、共に損傷の激しかった先頭車同士を組み合わせ4連にて復旧し新6151Fとなりました。

現在はタンジュンプオリク線をメインに運用されているとの事でしたが、この日は何故かマンガライ駅にやって来ました。

6151側の正面です。白い流線形の前面と都営三田線の側面、ゲテモノと言う表現がピッタリですね。

追突のショックで妻面が凹んでいた中間車も無事復旧された様子です。


「Djoko Lelono 2」の愛称が付けられた6188号車

台枠を更新した影響か?6188だけは裾のコルゲートが有りません。

同時に標記類もインドネシア方式に変更されました。

都営6000系の形式はKL-1と標記されていますが一体?? 

6188側の前面を改めて見てみると・・・・


エコノミーとしてタンゲラン線で運用されている「Djoko Lelono」とも少し異なりますね


側面から見ると、運転室側の客扉よりざっくり切り取られ接合されております。


続いて車内を見てみましょう!!

仕切は新しく新設された様子でした。

客室内は台枠を更新した割に、シートも床材の色もそのままです。


続いて運転台の様子です。

マスコンを始め、オリジナルのパーツが再利用され、機能的に収められておりました。

他の増設車同様に助手席側の機器は何も有りません

パネル下の蓋類は再利用しているかも知れませんね?

昨年8月ボゴール電車区で見た時は↓こんな様子だった6151F


仕切もこの有様でした。

この時点では間違い無く廃車・解体と思ったのですが!

それがまさかここまで見事に復旧するとは思いませんでしたね。


最後に運用離脱している中間車2両につきまして、スタッフの方に伺ったところ、事故の衝撃で台車が破損してしまい、台車だけは代替品が無く復旧が出来なかったとの事でした。

某所で保存されている6000系中間車や、某鉄道の部品取り用非冷房先頭車など台車履いた6000系の保存車・放置車が日本にはまだ有りますので、それら部品を活用して復活出来る日が来ればよいのですが、輸送費等様々な問題も有り容易ではないでしょう・・・
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都営6000系運転台増設車の謎?その2

2010-08-24 23:51:37 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
昨日掲載した6182Fに続き、今回は比較的まとまったデザインが特徴的な運転台増設車6187Fをご紹介致します。
この編成も秩父鉄道や隈本電鉄に先頭車を供出し、部品取り車として入線したと思われる中間車に運転台が取り付けられました。


6182Fがオリジナルに近い前面なのに対し、こちら全体的にはRを多用した丸みを帯びた優しいデザインが特徴的です。
ヘッドライトやテールライトにはバス部品多用されているとか??

側面の接合部、模型の切り継ぎ加工のように見事に仕上げられておりますね


乗務員室扉前後のコルゲートは無く、後ろの戸袋窓も埋められています。

きっと中間車の端部を切り取り、新製された前面ユニットを接合したのでしょう?

新設された車内の仕切は6182Fと同じ構成でした。


非常通報装置には日本語の表示が残ります。

きっと中間車の車内に有った物が移設されたのでは?

続いて運転台を見てみましょう

流線形の運転室は広く、乗務員イスもオリジナルの物が設置されています。

運転台機器類もオリジナルとは異なる物が多く、過去に在籍した車両の発生品かも知れません??

しかしこのマスコンやブレーキ弁、以前は一体どんな車両に使われていたのでしょう??

壁面には車掌スイッチの他、ヒューズ類が有るのみです。

ゴチャゴチャ機器が並ぶ他の譲渡車に比べるとすっきりした印象を受けました。

助手席側は屋台にあるような椅子が置いてある以外は文字通り何も有りません

清掃用のホウキが良い味出してますね(笑)

最後に客室車内の様子です。

入線から10年の月日が経ちましたが、東京都のイチョウマークが未だ残存しておりました。

一時は廃車の噂も流れた6000系ですが、全車両(休車中の2両を除く)が現在も健在なのは嬉しい限りですね。
シートのモケットも張り変えられており、まだまだ現役で活躍する姿を見せてくれる事でしょう!!
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都営6000系運転台増設車の謎?その1

2010-08-23 23:17:17 | 元都営地下鉄三田線6000系を訪ねて・・
入線より10年目を迎えた元都営地下鉄三田線6000系ですが、事故復旧車1編成を含む4編成の運転台改造車が存在します。
今から数年前、当時技術指導で渡ったJICAスタッフの方が発信されていたサイトにてこれら改造車両を見た時は本当に驚愕致しました。

今回は改造車両のうち、一番謎の多い6182F編成の細部を見てみましょう!!


まず前面から、この編成の特徴として非貫通ながら一番オリジナルの先頭車に近い表情をしています。


また現在は埋められてしまいましたが、行き先幕の他に種別幕、運行番号幕まで設置されておりました。


前面Rの構成は当時の最新車両だったKL-97系によく似ています。


そして一番の謎はこの部分

他の2編成は乗務員室周りのコルゲートが有りませんが、この編成ではオリジナル先頭車同様にコルゲートが前面端部にまで周り、
乗務員室扉開口部もオリジナル先頭車そっくりです。

床下から見る接合部分です。

違和感無く仕上げられてますが、増設部分はステンレスの色調が異なりますね?

続いて車内を見てみましょう

運転室仕切には、三田線時代からの車号板もきちんと取りつけられてました。

運転台部分はオリジナル先頭車と同じ乗務員椅子まで備えます。

これら部品は一体何処から調達したのでしょうか?

この編成の不思議な点を箇条書きにして挙げると


1,乗務員室扉上下のコルゲートが、オリジナル先頭車と同じ
2,乗務員室機器にオリジナル先頭車と同様の部品が多い
3,方向幕の位置関係がオリジナル先頭車と同じ位置に有り、マーカーランプまで存在する
4,ヘッドライト・テールライトがオリジナル先頭車と同じパーツで構成されている

などなど、他の運転台増設車と異なりこの編成だけは何故かオリジナル先頭車と同様なパーツがふんだんに使用されているのが特筆されますね。

そこで私なりに仮説を考えてみました。

その1,運転台移設説
都営6000系が譲渡された当時、非冷房のまま廃車・解体された車両が多数有り、
現在も車体の一部をカットされたボディーが東武北館林荷扱所や京王重機の構内に現存します。
そのためカットされた運転台部分が予備部品としてジャカルタに渡り、中間車に接合されたのでは?

その2,番号振替説
中間車としてジャカルタにやって来た6182・6217ですが、実際は都営廃車時に番号が振替られ、既に廃車となった他の先頭車がこの番号を名乗り部品取り用として入線、不足部品を補うため非貫通化改造をしたのでは?

その3,前面完全新製説
部品取り車として入線した中間車を活用するため、6000系オリジナル前面の図面を基に前面を新製、しかし貫通扉等は不要なことからJABOTABEK独自のエッセンスを加えあのような前面に仕上がったのでは?

言うまでも無く真相は、その3,が濃厚だとは思いますが、オリジナルと全く同じパーツを何処から調達したか等、謎は残ります?
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