Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

侯硐抗のトロッコに乗車!!その3

2014-09-30 22:14:11 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
検修庫前から発車した列車はリバース線をぐるっと回り、乗車した瑞三煤礦運煤橋へと戻ります。本線から分岐する側線には、当時使用されたトロッコや採掘に使用された機械が保存されています。願わくばこの側線を延ばし、併用軌道だった復興抗への路線として復活して欲しいところですが・・・。

正面には瑞三鉱業の建物が当時の姿のまま残り、現在では1Fがお土産物屋さんに生まれ変わりました。

左側には山へと続いていたトロッコ跡が有り、現在も未整備のまま残ります。

勾配が急に見えますが、インクラインだったのでしょうか?

かつてのホッパーピンの跡。

今にも崩れそうな印象を受けましたが・・・。

何と線路はホッパーピンの下へと引き込まれ、乗車した場所へ。

ここでも屋根ギリギリで、頭を伏せないと看板に当たりそうになりました。

ゆっくりした速度でトンネルを抜けると、やがて明かりが見えて来ます。

映画「恋恋風塵」の劇中でも、こんなシーンが有りましたっけ。

一周し瑞三煤礦運煤橋詰へと到着すると、直ぐに手押しの機回しが行われ、列車は満員のお客さんを乗せ再び侯硐抗へと向かいます。

毎週土日は観光客で大盛況な”猫の村侯硐”。このトロッコの復活をきっかけに”歴史ある炭鉱の街・侯硐”としても、注目されるようになれば良いですね。

コメント

侯硐抗のトロッコに乗車!!その2

2014-09-28 00:17:23 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
機関車検修庫前で停車中、乗車していた人は皆さん降りて散策に出掛けていたので、折角なので私も降りて散策してみる事にします。

このバテロコ、キャブには2灯のLEDライトが埋め込まれていますが、どうも目のように見えて仕方ありません。

そうすると前方視認用の四角い小さな窓が、今度は口に見えてはじめ・・。

更にこれを銀色に塗ると、何処かで見たようなキャラクターの表情が頭を過ります(笑)

本線から検修庫へは1線の分岐があり、本格的な整備が可能なスペースが作られておりました。

ここでKATOのレストアやバテロコの新製が行われたのでしょうね。

工具も充実しており、このトロッコの運行開始に向けた心意気が伺えます。

これら工具はかつて存在した機関庫から引き継がれたものなのでしょうか?

検修庫の終点付近。大きな旋盤には鉄粉が付いたまま。

今となっては入手困難なKATOの部品の一つ一つも、ここで製作されたのでしょう。

検修庫の反対側には、侯硐抗の建物が再建中。
完成後、ここにはどんな施設が出来るのか?今から楽しみですね。

一通り見て回ると、運将から「まもなく発車するぞ~」とのかけ声が!!
リバース線を1周して、乗車した場所へと戻る事にします。
つづく。
コメント

侯硐抗のトロッコに乗車!!

2014-09-27 00:00:00 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
今にも走りだしそうなKATO君を横目に、機回しを終え組成が完了した客車に乗り込み発車を待ちます。この日は日曜日だけあって、鉱車を模した客車は4両連結。おばちゃんの積極的な呼び込みの甲斐も有り、全車満席となったところで出発となりました。

それにしてもこのバテロコ、見るからに非力そう。果たして牽引出来るのだろうか??

警笛の音と共に出発!!人が歩く程のスピードでゴロゴロ言いながら走りだします。

因みに乗車に際してはヘルメットの着用が義務付けられます。当初、単なるコスプレかと思ったのですが、後になって重要だった事を痛感させられました。

ゆっくりとしたスピードで坑道を入ると、坑道内には炭鉱にまつわるモノの展示やスローガンなど書かれていたのですが、暗くて良く解りません・・・・。

更に進んで行くと、天井から漏水している個所があり、所々冷たい水が落ちて来ました。そしてその先では坑道が一段狭くなり、油断していると坑木が頭に命中・・・(泣)。
なるほど、この辺がヘルメットを着用する理由なのですね(笑)

坑道に入って2分位で、トンネルの出口が見え始めます。ここでも様々な展示物が有りましたが、やはり暗い・・・。

しかし、まもなく出口だ!!と思った矢先にトラブル発生!!トンネル内にちょっとした勾配が有るようで、バテロコが空転してしまい進めません。何度も空転音をさせた後、一端後退し、やや速度を上げて再チャレンジしたところ何とか無事通過。やっとトンネルから出られました。

トンネルの出口横には坑道の種類を展示したこんなコーナーも作られております。

軌道の敷設に伴い、この辺も全て綺麗に整備されたようですね。

その先は広場になっており、機関車の検修施設も設置されておりました。

列車はここで停車し、暫くの間、自由に下車する事が出来ます。
こっちのエンドから見ると、このバテロコのフォルムも悪くないですね!!
つづく
コメント

侯硐のKATO君奇跡の復活!!

2014-09-26 00:19:28 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
今となっては炭鉱より、猫村の方が有名になってしまった侯硐ですが、ほんの数年前までは駅で下車する人も殆ど居ない、瑞三鉱業の製錬所跡のみが残る寂れた廃墟の村でした。私が2007年に訪問した頃、週末にも関わらず周辺を散策しても殆ど人は居らず、崩れかけた橋を渡った先でやっと台湾人の廃墟マニアの方に出会い、お互い好きだね~!!と感心し合ったのを思い出します(笑)。

その頃の侯硐抗の坑道跡、ぽっかり口は開いているものの、足元には水がジャブジャブ流れ出て、とても入る勇気は有りませんでした。

当時行った想い出の侯硐抗に、本物のトロッコに乗って入る事が出来るようになった??そんな情報を聞き、先日の訪問時、久しぶりに侯硐に再訪してみました。すっかり観光地と化してしまった猫村には目もくれず、橋を渡り侯硐抗の前まで行くと、目を疑うようなこんな光景が!

すっかりジャングルと化していた坑道の上にはお洒落なカフェが出来、坑道内に進む真新しい軌道も敷かれてします。

そして右側に目を向けると、真新しいテントと整備中の重機が見え。

その横には、その横には!!!!!!!!!!!!

何と永らくこの地で活躍したであろうKATO君の姿が。

我を忘れ写真を撮っていると、スタッフのおばちゃんがやって来て「トロッコに乗って行く、炭鉱探検ツアー150元だよ」と営業をかけて来ました。でもKATO牽引のトロッコ列車に乗れるなら!!と思い、二つ返事でOKし切符を買い暫し待つ事に。

「5分程待って」とおばちゃんに言われ、KATOのエンジン始動をワクワクしながら待っていると、坑道から怪しげな汽笛が?ん~??んん~??

コレは一体???何故かもう1本列車が来ました。ここで嫌な予感がしたのですが・・・。

やって来た機関車を良く見ると、踏み目板でキャブまで作られた何とも形容し難い自作ロコのよう、しかも排気音がしない為、動力はバッテリーか??

入換えが終わった後、おばちゃんにkATOは動かないのか?と、身振り手振りを交え中文で聞いてみたところ、KATOは動くけど新しい機関車が出来たので現在は予備となっている!!との事でした。折角動けるようになったのに、ここまで来て動く姿を見れないとは・・・・(涙)。悔しい気持ちで一杯でしたが、侯硐抗の跡にトロッコで入れるだけでも貴重な体験なので、予定通りこのトロッコ列車に乗って入る事にします。 
つづく
コメント

樸仔脚火車頭公園と台糖650号

2013-12-04 23:53:05 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
新幹線の嘉義駅から程近い場所に位置する中規模な街”朴子”。現在はバスしか通っていませんが、かつては嘉義
から台湾製糖線が延び、旅客営業も行われておりました。昨年、虎尾製糖に行った帰りこの街に寄る機会が有りま
したので、駅跡に建設された樸仔脚火車頭公園に訪問してみました。
かつての朴子駅を偲んで建てられた、樸仔脚火車頭公園の駅舎。一見立派そうに見えるのですが、

実はレリーフ状のモニュメントになっており、まるで舞台セットのような構造となっていました。

裏手には公園のシンボルとなっている蒸気機関車650号が展示されています。

炭水車を増結しているようですが、元々テンダー付きだったらしく、現存するのは僅かにこの1両のみだとか。

金ピカのサンドドームが遊園地の遊具のようにも見えますが、保存状態は悪く無さそうでした。

窓やランボードに引かれた赤い線がアクセントになっていますね。プレート類の一部はシールとなっています。

車両の横には、来歴を明記した立派なプレートも設置されていました。

1928年ドイツKoppel社製のこの車両、1973年の廃車後は日本に輸入され、永らく宮城県蔵王町のドライブインで
看板になっていたそうです。しかし、後日ドライブインを経営していた会社が倒産し、解体の危機にあったこの車両
を日本人のファンが自費で買取り嘉義県に寄贈されたそうで、そのお陰で里帰りが果たせたとの事でした。

保存に関する詳しいエピソードは、フォーカス台湾のこの記事に掲載されています。
台糖650号を救った日本人、動態復活訴える

古い街並みが残る朴子の街には蒸気機関車も良く似合いそうです。たとえ短い区間だけでも糖鉄のSLが復活
すれば観光の目玉として注目を集めそうなのですが・・・・。
コメント

南靖糖廠の保存車達 その③

2013-10-28 23:54:12 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
南靖糖廠工場敷地横の公園(台糖南靖休廣場)の保存車を見学した後は、工場内へと伸びるかつての線路跡
沿いに歩いてみる事にします。すると、奥の駐車場横にてこんな保存車両達を発見!!

一見、日立辺りの機関車かと思ったのですが、案内の説明を読んだところアメリカ製の金馬牌との事でした。

何でもこの車両、台湾製糖には4両しか導入されず、現存するのはここと烏樹林の2両のみだとか!!

機関車の前には、連結器の高さの異なる台鉄の貨車を入換する際に使用した控車が連結されています。

そして機関車の後ろには甘蔗車では無く、何故か有蓋車が連結??

最後部には守車も繋がれた状態で展示されていましたが、どれも少し草臥れている様子。

実際の廃線跡の上に置かれている為、今にも動き出しそうな雰囲気の車両達。

水路沿いでロケーションも良く、素晴らしい展示方法なのですが、風雨による劣化が少々心配になりますね。

やがて廃線跡を更に進んで行くと、線路は工場の中へ。

フェンス越しに工場内を覗いてみると、怪しげな3線軌条をはじめ、現役時代のまま残されている様子です。

最後に、台鉄南靖駅のホーム先端から南靖糖廠への引き込み線を見に行ってみたところ・・・・。

草蒸してはいますがこちらもそのままな様子で、まだ台鉄との線路も繋がっています!!

多数活躍した徳馬牌(DIEMA)の近況など、工場内部の様子を伺い知る事が出来なかったのが少々心残りでしたが
一方で、思いがけない保存車に遭遇出来た事は、今回訪問した何よりの収穫でしたね。


コメント

南靖糖廠の保存車達 その②

2013-10-14 22:32:48 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
南靖糖廠工場敷地に隣接した公園(台糖南靖休廣場)を散策していたところ、保存されていた順風牌DLの他に
かつて糖鉄で活躍したであろう、こんな蒸気機関車も発見しました。

野晒しだった順風牌DLに比べ、真新しい屋根も設置され大切に保存されている様子です。

設置されていた案内看板によると、形式はCi-24形という糖鉄では聞きなれない名称で、1938年に日本の本江機械
製作所にて製造され、1967年まで糖鉄各線で活躍していたとの事でした。

本江製作所といえば小型蒸気でお馴染の立山重工業の戦前の旧名称、この時期の同メーカーで製造された車両は
日本でも現存する車両は極僅か・・・・。こんな貴重な車両をよくぞ保存してくれたものです!!

そして蒸気機関車の後ろでは、砂糖キビ工場の倉庫群が建ち並び、現役当時の雰囲気が残されていました。

台鉄から引きこまれた3線軌道は、この先何処まで続いていたのでしょう???

倉庫の前には、側線上のレールに乗ったままの状態で有蓋車が保存されています。

現役時代そのままの姿での保存・展示方法に、大いに関心させられたのですが・・・・・・・。

正面に周ってみると、んん?車内には何故か電源の入ったままのブラウン管のテレビ??

その前に設置されたベンチにはマイクと歌詞カード。なっ!!何とカラオケとして活用されている様子。

園内各所に有蓋車が保存されていたのは、このコインカラオケを設置する為だったようですね(笑)

しかし、こんな所にカラオケを設置して一体誰が歌うのだろうか・・・?と思い、
呆気にとられていると、何処からかオバちゃんがやって来て、コインを入れ1曲歌い始めました(苦笑)

オバちゃんの歌声が響き渡るなか、歩けそうな場所まで廃線跡を歩いてみる事にします。



コメント

南靖糖廠の保存車達

2013-10-07 23:56:37 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
原料輸送列車が現役走る虎尾糖廠に訪問した帰り、虎尾と共に後年まで原料輸送列車が残っていた南靖糖廠が
現在どうなっているのか?ふと気になり、台北まで戻る際に途中下車して寄ってみる事にしました。

日本統治時代からと思われる駅舎が印象的な台鉄・南靖駅。区間車しか止まらず、駅前も閑散としています。

駅の近くに製糖工場があるとの事でしたが、国道1号線を渡ると直ぐ目の前に工場の入り口が見えて来ました。

しかし、鉄道による原料輸送こそしていないものの工場自体は現在も操業中との事で、中には入れない様子です。

一方で、敷地内には一角を開放した観光コーナーも併設されていましたので、まずはこちらから見学する事に。

訪問した日が平日の夕方だった影響か、人の気配も無く何だか物悲しい気持ちになります。

入って直ぐ気になったのが、この謎の物件?一見、車体を利用したようにも見えますが、サイズがおかしい??

細部を観察してみると、何と貨車の下回りをわざわざ2両分使い車体(お店?)を製作したシロモノでした(笑)

そして謎の客車の後方には、きちんとした展示ベースに載せられた順風牌DLが保存されております。

保存されてから時間が経ってしまった影響か、塗装の傷みや部品に欠損が有ったのが少々残念。

敷地を更に進んで行くと、同じく工場敷地の一部を開放した公園へと続いており、糖鉄時代の車両を利用したモノ
がゴロゴロしておりました。

このフラットカーは舞台として使用するつもりで設置されたようですが、既に傾いております・・・・。

つづく

コメント

内湾線・合興駅の保存車両

2013-09-30 23:23:43 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
一昨年開業した六家線との直通運転開始より一気に近代化が進んだ内湾線ですが、一方で非電化区間として残
る竹中~内湾間は、平渓線・集集線同様に観光路線としての注目も集まり、週末は客家料理店や老街が建ち並ぶ
内湾駅を目指して、多くの人で賑わっております。

そんな内湾線ですが、一昨年乗車した際に途中駅で保存されていた旧型客車を見かけ、ずっと気になっておりま
したが、今月訪台した際、竹東まで行く用事が有りましたので、ついでに訪問してみました。

内湾から数駅新竹寄りに戻った合興駅にて下車すると、ホームの反対側にはこんな光景が出現します。

永らく都市圏を中心に活躍した通勤客車が2両、長閑な駅で余生を送っておりました。

まず内湾線のホームに横付けされた形で留置されていたのは、インド製通勤客車の40TP32200型32210号。

簡易的なものながら、きちんと屋根も架けられ、車体の状態も悪く無さそうでした。

車内は待合室として使用されているようで、座席が一部撤去されております。

但し床材は劣化してしまったらしく、頑丈そうな縞鋼板に貼りかえられていました。

続くもう1両の通勤客車は35SP32275号、こちらも裾の折れ具合からインド製のようです。

この車両はカフェとして使用されている様子でしたが、訪問した日は祭日でしたので残念ながら休業中でした。

それにしてもこの合興駅、山間にある何も無い駅の割には、観光客が多いな~?と、ふと疑問に思ったのですが、

どうやら縁起の良い駅名で有名らしく、日本で例えるなら「愛国駅」のような存在だそうで、旧客をバックにした
こんな看板まで設置されています(笑)。なるほど駅構内が公園として整備されている理由も納得ですね。

構内の外れには、既に役目を終えた合興駅の旧駅舎も現存!!現在は売店として再活用されていました。

かつて側線が多数有ったであろう駅構内には、まだまだ余裕が有りそうなので、客車だけでは無く、間もなく役目
を終えそうな、R20型DL辺りを是非保存して欲しいところですね。
コメント

新営製糖・八老爺駅に残るSP32300型客車

2013-09-11 23:18:10 | 台鉄・糖鉄保存車巡り
台湾で一番長い距離を走る観光列車で有名な新営製糖ですが、トロッコ列車に長時間揺られ到着した終点、柳営・
八老爺駅には製糖鉄道とは関係の無い意外な車両が設置されており、食堂として活用されておりました。

トロッコ列車を降りると突如出現するこんな光景!!パッと見、車体のみを活用した施設にも見えますが・・・・??

早速ホームに上がってみたところ、活用されているのは20mクラスの平快客車SP32400~32600型のようでした。

車内は大規模に改装され、屋根まで青く塗られてしまっていますが、車体は良く整備され状態も良さそうです。

一方、こちらの車両も一見すると、同じ客車に見えますが、良く見るとウインドシル・ヘッダーらしきモノが付き、
側窓にはRが無く、車体長も若干短い感じがしました。

これはもしや!!と思い、改めて全体を見てみると、やはり17mのSP32300型客車です。
現在では事業車に改造されたBK32353型1両のみとなった台鉄17m客車が、まさかこんな所に現存していたとは!!

側面には台鉄マークと車番らしきモノも描かれておりましたので、確認してみたところ。

全く関係無いDR20041(笑)と描かれており、何故か気動車(付随客車)の車番になってしまっています。

台車や床下機器が残っているかも気になりましたので、お店の裏に回ってみる事に。

しかし、木々が生い茂り判別するのは困難そう・・・。草をかき分け確認したところ床下機器は一部のみ残置
されている様子。

そして台車は、2両共にオリジナルとは異なるTR10系列のモノに交換されていました。線路は無く地面に直に置かれ
ていた為、沈下してしまったのか、後年設置されたと思われるコンクリートの土台と支柱が車体を支えています。

現存するのは極少数と思われる貴重な17m客車、古い物を大切にするお国柄、こうした活用というケースにて、既に
消えたと思われた車両が、今後も見つかるかも知れませんね。
コメント