Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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故郷の味”かしわうどん”

2011-04-03 23:55:55 | 新日本製鉄くろがね線の車両達
新日鉄くろがね線を撮影した後、西鉄バスで到着した戸畑駅から、少し遅い昼食をとるため折尾駅へと移動します。

1997年以来、10数年ぶりの訪問でしたが鹿児島線のホームは変わっていない様子で一安心。
でも1階にあった筑豊本線ホームは、電化された折尾~博多と直通する福北ゆたか線と、折尾~若松間に非電化で
残る若松線が完全に分断され、かつて運転されていた若松駅から直方方面へ直通する列車は無くなってしまいました。

この駅の名物といえば、伝統ある駅舎もさることながら

ホームに有る東筑軒の駅弁"かしわめし"と"かしわうどん”

夕方だったので駅弁は売り切れでしたが、早速店内に入りかしわうどんを頼みます。

デフレ傾向が続く東京の駅ソバに比べると、値段は高めに感じますが”かしわめし おにぎり”(既に売り切れ)や
いなりずし(おにぎり形?)・おでんなど、豊富なラインナップが魅力的でした。

”かしわうどん”350円

”かしわ”から出る甘辛いタレと薄口醤油ベースのスープの組み合わせで、九州のうどんならではの絶妙な味が堪能出来ます。

東京で育った私にとって「かしわ」ってなんだろうと?と本気で疑問に思った時期がありましたが、駅で”かしわうどん”
を食べた時、今は亡き九州の祖母が作ってくれた甘辛い鶏肉の煮物の味を思い出しました。

あの絶妙な味付け、未だ関東では出逢った事がありませんね。
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くろがね線の”ワニ”健在!!

2011-02-10 23:39:39 | 新日本製鉄くろがね線の車両達
訪問した時間が遅かった為か、前回は1時間近く粘っても1本も来なかった”くろがね線”の列車。
スペースワールド駅から枝光駅に移動後、定番撮影地で有る宮田山トンネルに向かいます。

1929年に完成されたという、隧道は西洋のお城のようなデザインが特徴的。
トンネル内で何やら工事をしていたので、ひょっとしたらウヤ(運休)かな?と油断をしていたところ

音も無く、いきなり85ED-1形E8501号牽引の専用列車がやって来ました。

この場所はフェンスが高く、LVファインダーを使わないと撮影するのは厳しかったのですが、
慌ててフェンス越しに撮影した為、クッキリとフェンスのクロスが写り込んでしまってますね(涙)

最後尾は70DD-3形D704、くろがね線の貨車はブレーキが貫通していないので、列車の最後尾には
緩急車代わりのブレーキ制動用のDLが必ず付きます。

積み荷が空のようだったので、次も来るのでは?と思い待機していると

案の定、八幡側から戸畑行きの列車がやって来ました。

丁度逆光だったので、平行するパイプラインがハレーションを起こしてしまってます。

初めてくろがね線に訪問した1994年5月、枝光駅付近の操車場で列車を待ち続けていたところ、入換DLの
運転手の方から「ワニはもう直ぐ来るからね!!」と言われ、当初、何が何だか???でしたが、数分後に
やって来た、ワニの絵が描かれ派手な塗装になったE8501の姿を見た時は本当に驚愕しました。

騒音対策のためか、くろがね線の列車はゆっくりしたスピード走るので、枝光橋での撮影後、

後打ち撮影も余裕で出来ます。

この調子なら、日没までにもう1列車撮れるかも??と思い宮田山トンネルの先を目指し歩きましたが、
宮田(山)というだけあって、かなりの勾配の坂道が続き疲れました。

でも疲れた甲斐有り、頂上付近からは戸畑の街が一望出来ます。

山を越え、トンネルの戸畑側を進むと住宅が密集した地域に出ました。

この光景、まるで東急田園都市線の沿線にいるかのよう!!爆音をたてて8500系がやって来そうですね。

でも実際にやって来たのは、同じ8500でも85ED-1形E8501、秋の夕日を浴びながら、ゆっくりと進みます。

撮影後、再び宮田山を越え枝光駅まで行くのはしんどかったので、くろがね線とクロスする道路で
バス停を探してみたところ、戸畑まで行くバスが見つかり労せず帰る事が出来ました。

これだけ住宅密集地を走っているので、旅客化しても需要があるのでは?と一瞬思いましたが、
戸畑と枝光を結ぶだけでは厳しいのが実状でしょうね・・・・
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東田第一高炉史跡広場の保存車達

2011-02-08 23:39:39 | 新日本製鉄くろがね線の車両達
昨年11月、大牟田の三井三池鉄道で朝の貨物列車を撮影した撮影後は、スペースワールド駅へと移動。

前回タイムオーバーで撮影出来なかった新日本製鉄戸畑製作所の専用線、通称”くろがね線”を再訪してみました。
まず、その前に寄ってみたのが、スペースワールド駅から程近い場所に有る
かつての新日鉄「東田第一高炉」跡地に設置された、東田第一高炉史跡広場です。

この東田第一高炉は明治37年に設置され、官営八幡製鉄所時代からの由緒ある施設でしたが、本来なら役目を終え
解体される運命にあったのを、市民からの根強い保存運動により、こうして八幡市の産業遺産として公開される事になりました。

そして高炉の前には、かつて”くろがね線”にて使用された車両達も保存されております。

この車両達は、以前は新日鉄敷地内で保存されていて、年に一度の起業際の時にしか近づけませんでしたが、
高炉史跡広場に保存された現在は、公開時間内なら何時でも見る事が出来るようになりました。

機関車の後ろに連結された、トーピードカー

いわゆる混銑車(こんせんしゃ)と言われ、高温の溶銑(ようせん)を運ぶ為の、製鉄所特有の貨車です。

東芝製の凸形電機60ED形ED601、自重60tある堂々たるスタイル。

前回訪問した1994年当時は、深緑のクロコダイルを連想させる渋い装いでしたが、現在では
ベージュ系の塗装に改められておりました。

八幡製鉄所に所属した機関車ならではの、立派な包金製ナンバープレート

この字体の伝統は現在に至るまで守られておりますね。

細部を見て回ると

円形の古い東芝の製造銘版、昭和4年の製造ですので、全国に在籍した東芝40t電機の先駆けとも言えるでしょう!!

後年の改造により、キャブには様々な物が取り付けられております。

屋根上には京浜急行のような無線アンテナが増設されておりました。
8501ED-1形登場に伴い、退役したのが昭和53年頃ですので、かなり早い時期より列車無線が導入されていたようです。

この機関車と同時期に作られた機関車達は、遥か満州に輸出され、現在も撫順炭鉱の専用線にて現役と聞きます。
いつの日か、彼の地で生き残る日本製電機の生き残りを一目見てみたいものですね。
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新日本製鐵くろがね線訪問

2010-10-11 23:39:39 | 新日本製鉄くろがね線の車両達
西鉄福岡駅で2000形を見送った後は、地下鉄で博多駅に出て鹿児島本線の小倉行き電車に乗り北九州方面へと移動を開始!!
10数年ぶりに、新日本製鐵八幡製作所と戸畑製作所を結ぶ専用線である、通称”くろがね”へ訪問して見る事にします。

博多駅から約1時間、数年前に新設されたスペースワールド前駅を下車すると、駅前には、くろがね線用の機関車が憩う東田機関区が出現。
がしかし、様々な配管に阻まれ撮影はこれが限界でした。

同線の主力電気機関車8501ED-1形、EDクラス85tの堂々たる機関車で日本一軸重が重いそうです。

枝光駅へ向け徒歩で移動してみると、前回訪問した1994年当時に比べその変貌ぶりに驚かされました。

鹿児島本線のルートも変更され、枝光駅近くまでくろがね線と併走します。

枝光駅に到着後は、くろがね線の有名撮影地”宮田山トンネル”へ

ここで列車を待ちますが、時間が遅かったせいか30分以上待っても来ません・・・

そうこうしている内に、日がすっかり暮れてしまいタイムオーバー(涙)

くろがね線の撮影は、次回訪問時の宿題です。

再びスペースワールド前駅と戻り、工場側の通りを歩いていると構内に保存されている370号機の姿を発見!!

以前は東田機関区沿いの線路脇に保存されていたのが移動した様子です。

そしてその近くには何故か相鉄バス?

一体なんでこんな所に居るのだか??

かつての溶鉱炉跡は東田第一高炉史跡広場として保存され、その下にはかつてくろがね線にて活躍した
E601形ELが保存されていたとの事ですが、閉場時間となってしまい撮影は出来ませんでした。

この専用線は車両の詳細等も不明で、まだまだ謎な部分が多く興味は尽きません。
次回訪問する機会があれば、一日かけてゆっくり撮影してみたいですね。
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